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天 天という言葉は空の向こうという意味 空の向こうに何がある それは 神とあなたとの隠れんぼ どちらが鬼か それはあなたが決める 神はよろこんで鬼さんになる だが神はよろこんで隠れはしない あなたが隠れるから 神は鬼になる あなたが鬼になれば 神はよろこんでみつけられる 天はあなたと神の橋わたし 天使や天子は その橋わたし だけど、今の天使や天子は橋を壊す役まわり 土の使いか、土の子だ それなら、あなたより下にいる それなのに あなたはどうして 空を見る 空を見上げても何もない あるのは夕焼けの死だけ 空(そら)の中を見る あなたが何か物を見るとき、あなたはその物の外側から眺めている。物は有限だから外側から眺めることが出来る。物は必ずはじまりがあって、終わりがある。だから眺めることが出来る。無限な物を眺めることは出来ない。眺めるということは、外側から眺めまわすということです。360度の同心円の外側です。 なぜ、このようなことを言うか。欲望は有限な物が対象です。何か掴み取れるものが欲望の対象です。無限な物は掴みとることが出来ない。その有限だからこそ起きてくる欲望を際限なく(無限に)欲する、これは不可能なことです。不可能なことを可能にしようとすると疲れ果てて結局ギブアップする。そしてそれを知っていながら、懲りもせずにしているのが人間です。 何か欲望が湧いてくると、落着かなくなる。それは確信がないからです。欲望というものは、常に緊張、不安が伴う。なぜなら本質的に欲望というものは、無い物ねだりに近いものですから、自分でもどのようにしてそれを得るかよく分からないのです。そして、なんとかものにしたときには、緊張と不安の疲れで、欲望の満足感は半減される。それが空しさとして残る。 真っ青な空は無限です。真っ青な空を眺めまわすことは出来ない。空は物ではない。空間です。 だから空からあなたを見れば、あなたは単なる物です。だがあなたが空を物と捉えることは不可能です。 空(そら)はEmpty・空(くう)です。 だから、空(そら)を見るときは、見入るようにすることです。空(そら)の中に自分を溶かし入れることです。そして、中から見るといい。ちょうど自分の体を中からみるように。そうすると、中から見ている自分も空(そら)と同化して、Empty・空(くう)になる。 真っ青に晴れた、雲ひとつない空(そら)にあなたの心もなる。 快晴の日の朝八時頃にこの見る手法をすると、より効果的です。日の出から2―3時間後の快晴の空(そら)がベストです。まだ太陽の熱が真っ青な空(そら)を赤く染める前がいい。 心も少しひんやりした感じが一番落ち着くし、リラックスできる。 |