めまい

目が疲れると めまいがする

外の世界が 回っている

だが 何も外の世界は 回っていない

あなたの 目のスクリーンが 早送りしているだけ

心が疲れると めまいがする

内の世界が 回っている

だが 何も内の世界は 回っていない

あなたの 心のスクリーンが 早送りしているだけ

疲れると なにもかも 早送りする

急ぎ働きは 心身 疲れる

ゆったり働きは 心身 リラックスできる



木が走っている

あなたが新幹線に乗って外の景色を見たとき、どう感じていますか。
新幹線は時速300KMで走っている。自分も時速300KMで走っている。外の景色、たとえば、木を見たとき木は止まっていると見えるでしょうか。木が止まっていると見える(厳密にいえば、思いこんでいるだけだが)なら、あなたは無意識状態にある。体は覚めていても意識は眠ったまま。
意識を深く、深く、沈めてゆくと、ミクロの世界にまで深く沈めてゆくと、分子が見え、原子が見え、核と電子が見えてくると、すべての物が物凄いスピードで走って(運動して)いることが分かる。ただ自分の目、感覚では止まっているように錯覚しているだけだということが分かる。すべてのものは相対的関係にある。アインシユタインの相対性理論はそのことを指摘している。
時速3万KMで飛んでいるスペースシヤトルの横に同じスピードで飛ぶ隕石を見ても、それは止まっているように見える、ただし同じ方向の場合に限る。これが逆の方向に飛んでいたら、それは時速6万KMのスピードに感じる。スピード、ゼロと6万KMの違い、それはすべては相対的だということをまず理解すること。そして、無意識から意識的になり、その意識を深く、深く、沈めていくようにすると、新幹線の中から見る外の木が走っていて自分が止まっているように見えるようになる。そのとき、あなたは意識的な状態になっている。それが覚醒しているということです。
木が止まって、新幹線が走っているだけだと思いこんでいるかぎり、あなたは無意識の状態です。
すべてのものは止まっていない、動いて(運動して)いるのが実体です。それを知らないあなたは無知であり、感じないあなたは無意識だということです。
こんな経験をしたことはないでしょうか。
あなたが、車を運転していて、交差点で止まっている。車の中は独りの世界感を持ちやすい状態になれる貴重な空間です(意識的になりやすい状態です)。その状態から、何か他のある現実的なこと(独りの状態をつぶされること)が急におこる。たとえば、吸っているたばこを下に落として、マットが焼けては一大事と思って、その落ちた、たばこを拾い上げようとやっきになって我を忘れ、そしてやっと拾い上げたあと、もとの運転する体勢に戻ったとき、自分の車がハンドブレーキをかけているのに、動いていると思って、あわててブレーキペダルを踏んだら、実は自分の車は止まっていて、横の車が動いているのに、自分の車が動いている錯覚を持つ。それは無意識状態になって相対性を失ったからにほかならない。
普段、あなたは、まったく無意識な状態で生きている。それは自分が運動の中心だと錯覚しているからです(相対性の喪失)。宇宙すべては相対性に基づいているのが実体です。そのことに気がつくことが意識しているということ。自分も宇宙と相対性関係にあるということを知ること。
それを知ったら、あなたは自分が素晴らしい世界の一員だということを体感出来る。
たとえば、井戸がある。その井戸を上から見下ろす。井戸の深さを感じる。そしてその井戸がもっと、もっと、深い井戸で、その深みの底まで、見下ろして行く。そしてそのとき、思考を完全に止めて、その深みだけを感じる。とその瞬間あなたは、その深い井戸に沈むように落ちていく自分を見つける。宇宙とつながる本当の自分の根に向かっている自分を見つけることができる。それが自己発見ということです。