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除夜の鐘とゴング 百八つの 除夜の鐘 ひとつ ひとつ に想いを込めて 鐘を打つ 心の垢を取り除く 除夜の鐘 それは 取り除く鐘 ゴングは 蓄積の鐘 戦う 意志の蓄積の鐘 ただ ひとつ のカーン という 音 それを 心の中で 積み上げる その積み上げが 高いほど 戦う意志が 強くなる ひとつの音は 執着を貯める 多くの音は 執着を除く ボクシングの三分 ボクサーがリングで戦う三分は一時間ぐらいの長さに感じるといいます。 ゴングがカーンと鳴る。そうするとボクサーはWarrior(戦士)になる。三分が経ってゴングがカーンと鳴る。そうするとWarriorはただの人となる。一分の休憩時間はただの人。 だが、またゴングがカーンと鳴るとWarriorになる。 Warriorは覚醒状態にある。瞬間に生きている。未来や過去のことを考えていたら、即ノックアウトになる。 だから、その三分間は時間を超えたところにいる。だから長く感じる。そしてその三分間はボクシングだけしかない。相手が打ってくる、それを反射神経的に反応する。そこには思考の入る余地はまったくない。 ボクサーに聞いたことがある。ゴングが鳴ってはじまり、ゴングが鳴って終わる。そのゴングは聞こえているのかと。彼らは全員同じ答えをする。戦っている三分間ゴングがずっと鳴ったままで、そのゴングの音しか聞こえないときは必ず勝つと。負けるときは、そのゴングの音がしょっちゅう聞こえなくなると。聞こえないとき、必ず相手のパンチをまともに食らっていると。 ボクシングの歴史が100年近く経つのに、いまだにゴングだけは昔のままです。それはゴングの音がボクサーをWarriorに変貌させるからです。リングに上がったボクサーがWarriorでなかったらボクシングにならない。リングに上がる前のボクサーは恐怖の真っ只中にある。あのタイソンですら、試合前の恐怖感で円形脱毛症になる。ほとんど死と直面している状態と同じだ。 だが彼らも普段は、われわれと同じ意識の眠った人間でいる。目が開いているだけで、心は常にどこか、別のところにある。今この瞬間の行為に専念していない、リングで戦っているときのように。そして、どんどん見逃していく。戦場なら、いくつ命があっても足りない。 わたしは、毎朝、決めたところを決めたやり方で歩く。その間に神社の階段を昇り、参拝をする、そしてそのあと通り道にある、地蔵さんにおじぎをする、そしてそのあと、通りすがりの、なんの仏さんか知らないが、おじぎをする、そして公園で腕立て伏せ、懸垂、屈伸運動を決めた回数だけやる、そして、その帰りにある、小さな社におじぎをして、家に戻る。この日課をここの家に移ってから18年間続けている。その前の家のときにも、ほぼ同じことをやってきた。もう40年近く続けている。約一時間だが、その一時間がリングに上がったボクサーと同じ感覚だと思う。だがゴングが鳴り続けているときもあるし、しょっちゅう、聞こえなくなるときもある。聞こえないときはよく、地蔵さんにおじぎするのを忘れて通り過ぎたりする。そのときが意識の眠っているとき。リングの上なら、ノックアウトで負け。戦場なら死。 この前、東京で朝のラッシュの電車に乗った。まるでアウシュビッツのガス室だ。みんな苦痛に必死で耐えている。だが意識は完全に眠っている。この人たちは病気だ、気の毒にと思った。そして会社に行ってもまた、アウシュビッツだ。 昔、イランにいたとき、総合商社の現地社長が広大な邸宅に住み、最高級のベンツでお出迎えだ。その社長が日本に帰ると、このガス室に毎朝乗っている。それでも、疑問に感じない。これは完全に病気だ。 日本では、偉い人のスケジュールは分刻みだ。それが偉い人の勲章だ。暇になると、何か、遅れをとった気になる。そして忙しい、忙しいと、嬉しそうに悲鳴をあげる。 サラリーマンは上から下までこれだ。完全に病気だ。だから、日本の偉い人が、第一線を退くと、急に老け込む。病気の症状が現役の間は出ず、深いところで進行しているのが、一気に発病するからだ。引退してからが、本当の精神世界との邂逅の最終段階に入る、最も重要な時期なのに、もうエネルギーは完全に消耗しつくしている。だから一気に老け込む。 ゴングを聞き続けることが大事だ。 だからまず、最初のゴング(音)、どんな音でもよい、AUM(オーム)でよい。その音を何か現世的なこと(仕事)をしているときに、鳴らす。カーンと。そしてその行為をしている間中、聞き続ける。 その行為が終わるまで、リングの終わりのゴングが鳴るまで。聞き続けることができるようになったら、ガス室がハーレムに変わる。 |