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恋 恋に落ちた あなた どうして 恋に落ちた あなたは 言う あの人の 優しさに あなたは 言う あの人の 逞しさに だが あなたは 勘違いしている 優しさや 逞しさで あなたは 落ちない あなたの 恋は 考える恋 あなたの 恋は 感じる恋ではない 優しさや 逞しさでは 感じることが出来ない 優しさ って何? それは 何でもしてくれるから? 逞しさ って何? それは 強いから? 感じることは 説明できない フィーリング タッチだ だから あの人の体に恋をした これが 本当の感じる恋 そのとき あなたは 落ちる 考えることと感じること フロイドは「人間はノイローゼ状態で生まれてくる」と言っているが、ある一面では正しいが、絶対に正しいとは言えない。本来、人間は自然な、ノーマルな状態で生まれてくる。 だが生まれるやいなや、社会の一部に組み込まれることにより、ノイローゼ状態になる。 ノイローゼ状態というのは、分裂状態ということです。あなたが一人ではなく、何人もいるということです。本来ひとりのあなたが何人ものあなたに分割され、部分、部分がそれぞれバラバラにひとり歩きしている状態です。忍者がやる、目眩ましの術です。一人の忍者が敵に何人も見えるように思わせる術です。 その術を人間は自分にかけている。何故そうするか。 あなたの実在は三つの層に分かれている。 一つめは存在している自分。 二つめは感じる自分。 三つめは考える自分。 存在している自分は不随意的ですからコントロール不可能です。内臓は自分の意志で止めたり、動かしたり出来ない。生まれたと同時に動き出し、死ぬまで動いている。寝ているときも。 感じる自分と考える自分は随意的です。これがノイローゼの原因です。 普通一般には、あなたは考える部分を自分だと認識している。感じる部分ではなく。 ところが、感じる部分の方がより実感がある。(勿論、存在する自分が本物なのですが) 生まれたとき、あなたは、感じる部分と共に生まれてきた。そのとき考える部分は、まだそこにはない。考える部分はその後、開発されてくるものです。 生まれたての赤ん坊は感じる部分だけしかない。考える部分はない。植物や他の動物と同じです。ところが、われわれ人間社会が彼を変えはじめ、開発し始める。その結果、彼は感じる部分を抑圧せざるを得なくなる。そうしないとトラブルになる。両親をはじめ、社会が彼を認めない、そして彼を愛さなくなる。彼にとって愛がすべてです。たとえばあなたは食事する。食べ物は必需品だと思っているだろう。そして食べ続ける。だが決してあなたに満腹感はあっても満足感はない。本当の必需品は食べ物ではなく愛なのです。だが食べ物と愛との間には深い関連性がある。愛に満たされなかったり、愛を抑圧されたりすると勘違いして、食べ物が必需品だと思い食べ続ける。だが決して満たされない。だから、なお食べ続ける。現在のアメリカがその病気にかかっている。ストレスから過食症になりひどい肥満症になっている人でいっぱいです。 子どもは愛されようとするために、両親の、社会の考えに合わせようとして、ポーズをとる。そこから、考える部分が機能しはじめる。そうすると感じる部分がどんどん抑圧されて、とうとう、その部分との距離があまりにも大きくなって、掛け橋が掛けられなくなってしまって、本来のものを完全に忘れてしまう。そしてノイローゼの原因が出来る。ちょうど三歳から五歳のあいだにこのことが起こる。 この自己分割(分裂)がノイローゼの原因です。だが人間はみな分裂症です。精神医学的に精神分裂症と指定されている人とあなたとの違いは分裂症の程度の差だけです。本当の唯一無二の自己を発見しない限り分裂症から逃れられない。唯一無二の自己を発見するには、自己が全体の中に融合することです。どうしたら融合できるか。 まず、考えるということは、分裂させることだということを知っておくこと。だから融合するには邪魔になってもなんの役にも立たない。だからいくらあなたが、思考し、本を読み、勉強をして模索しても無駄です。 感じることは、考えることとは逆で、合わせ、合成し、一つにする。 だから全体と融合するには、感じるセンターに自分を置かないと駄目です。ただ自分で感じていると思っても思うだけ、すなわち考えていることが殆どの場合多い。それほど難しい。 あなたが、「私はあなたを愛している」と言ってもそれが「考え」なのか「感じ」なのか、よくよく気をつけておかないと、それは単なる「考え」の場合が多い。 「感じ」は「全体感」から来る。あなたのすべての体、精神、あなたに関わるものはすべてです。 「考え」はあなたの頭(頭脳)に関わるだけです。全体の一部です。部分です。一つの通り過ぎていく「考え」です。だからもう次の瞬間には消えてない。 そして人生の惨劇をつくる。なぜなら、一部分の「考え」があなたに、果たすことの出来ない約束を人にする。絶対に守ることが出来ない約束をさせる。 あなたは、こう言うだろう「私はあなたを一生愛する」 だが、今愛することは出来るが一生は無理なことです。一生は未来も含んでいる。これは果たせぬ約束です。今愛するのは「感じる」ことですが、一生愛するとは「考え」です。そしてそれが束縛となり、余計プレッシャーがかかってますます約束は不可能になる。 そして約束が果たせないことを知ると、相手のみならず、自分にも弁解をする。 そうなると、精神分裂症状になる。 約束はすべて失敗に終わる、それはあなたが全体と融合していないからです。一部分のあなたが約束して、その一部分のあなたがいなくなって、別のあなたがその約束をどうするというのでしょうか。一体誰が約束を果たすのでしょうか。 果たせぬ約束を果たそうという振りをすることを偽善と言います。 |