夢心

夢はタイムカプセル 光の速さの映写機

しかも往ったり復たりの気まぐれさ

あなたはタイムカプセルの孤独なパイロット

だけど孤独なパイロットには操縦する術(すべ)はない

あなたはタイムカプセルの孤独な乗客

だけど孤独な乗客には旅先を選ぶ自由はない

この気まぐれな夢だけど 夢にも心がある

夢心は嘘をつかない正直もの

想ったことは正直に映(言)う

その正直さがトラブルを生む

楽しい夢を見る人は 夢から醒めたら苦しいことばかり

トラブル続きの夢を見る人は 夢から醒めたら楽しいことばかり

夢心は本当の心とパラドックス

本当の心は楽しい旅の旅行者

夢から醒めたら 楽しい旅のバスの中

今あなたは バスの中 それともタイムカプセルの中





息と夢との関係は映画でたとえれば、劇場で映画を放映開始するとき、劇場のあかりを消す。
劇場のあかりが息です。息を止めると、夢という映画の開始です。ですがこの息を止めるということは、吸う息と吐く息の合間のことです。トータルに息が止まると、死がやって来る。そうしたら夢は完全に消える。ですから普段生きている、すなわち息をしているときは息の合間のときだけ夢を見ている。ですから夢は断続的です。起きているときとまったく違う次元の世界が展開されるが、これは眠っているときの夢は断続的だからです。
人間は起きているときも実は夢を見ている。すなわち24時間夢の見っぱなしです。
ただ起きているときは、意識があるから、意識という光で夢を薄くしている、劇場のあかりをつけて放映しているようなものです。スクリーンの画面がはっきりみえない。
空の星は夜になると現れる。では昼間はどこかに行って、空にはいないのか。そんなはずはない。太陽の光が、明るすぎて見えないだけです。だけど、そこにある。夢も同じです。
あなたは夜、夢をみているとき、それを夢だと自覚しているでしょうか。
正に夢を見ているときは、それを現実だと思っているはずです。ただ夢から覚め、目をさますと、夢だったと思うだけです。現実と思っているから、目を覚ましたあとも、夢の余韻が残っていて、少なくとも10分ぐらい、長い場合、何時間も夢の余韻をひきずっている。
そして現実と思っていたものが夢だったことに気がつく。
起きているときも夢を見ている。すなわち、いま、この現在も実は夢なのです。ただ意識が完全に醒めていないから現実だと錯覚しているだけです。
要は、本当に覚醒しないかぎり、人は生きているあいだ中、ずうっと一生夢を見ている状態なのです。夢という映画のなかで、ときには主役になり、ときには悪役になり、一人芝居を演じているのです。だけど、覚醒した本当の自分は、劇場の中の一人だけの観衆なのです。
あなたも、楽しい映画を見れば笑うでしょう。哀しい映画を見れば涙を流すでしょう。だけど所詮、映画を見る観衆なのです。劇場を出たら、忘れるでしょう。
では、どうしたら夢を夢だと認識できるでしょうか。毎晩の夢は、朝、目を覚ますと夢だと認識する。一日24時間、一年365日の夢は、死が訪れたとき認識する。あの世に行ってはじめてこの世のことが夢だったと認識する。
あなたは、嫌な夢をみたとき、目がさめて夢だとわかったら、ほっとするでしょう。
一生も死んだら夢だとわかってほっとするでしょう。だけどそれはあの世でのことです。
だからこの世を生きるのが苦しいのです。しょっちゅう何かに追いかけられている夢ばかりです、この世のことは。一方、楽しい夢もあるでしょう。だけど死んだら消える夢です。すべては実体のない幻想です。一生夢を見て、眠っている人生です。そんな目的で人間はこの世に生まれてきたのではない。現在の瞬間を生きるために生まれてきたのです。現在の瞬間を生きるためには、まず幻想の世界、夢の世界から脱出しなければなりません。