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優柔不断 困難な問題に直面すると あなたはどうする その問題と戯れることが出来るか その問題から逃避するか どちらかだ 戯れることは 勇気のいること 逃避することは 度胸のいること 度胸のある人間は 臆病だ あなたが 歌の練習をしなくて 舞台に立てる? 立てるなら あなたは 度胸がない 度胸のある人間は 歌の練習をしないで 絶対に舞台に立てない ただ 経験と技術だけで 舞台に立っている 勇気のある人間は 舞台に立たなければならないなら まず 努力する 立てるように 怖いけど その努力をする決断力のない人が 優柔不断な人 勇気という努力も、度胸というテクニックも 持ち合わせのない人 それが 優柔不断な人 今や そのタイプの人が エリートだ リアルに生きる プロボクシングにイベンダーホリフィールドという元ヘビー級チャンピオンのボクサーがいます。彼のニックネームは「リアル・ディール」という。「本物」という意味です。 相撲の横綱貴乃花も横綱になるまでは「リアル・ディール」だった。 彼等は共に体格的には他の選手よりも劣っていた。ふつう体格・体力の劣る選手はテクニックでカバーしようとする。それが普通です。だが彼等は自分よりも体格・体力に優っている相手ても決してテクニックでかわそうとせず、自分のハンディーキャップを承知で、なお正面から正攻法で相手を倒そうとすることにこだわった。正面に立ちふさがる壁を自力で打ち砕いて前進しようとした。これは困難な道です。だがこれこそがリアルな生き方です。 成功への道に王道と覇道がある。王道がリアルな生き方です。覇道は小手先の生き方です。 日本の大企業の、いわゆるサラリーマンにも王道と覇道の生き方がある。 戦後のこれら大企業で出世したトップは99%覇道の道でトップを極めた人たちです。 この世界での覇道の道とは、迎合の道、ゴマスリの道を極めるということです。一般の平凡なサラリーマンは、良心を捨てきれないから、家族の、特に子供のことを考えると、ゴマスリの道に徹しきれない。中途半端です。だから出世の道を極めることは出来ない。だがこの生き方は決して間違ってはいません。出世、成功より良心を選んだから。だが汚れた世の中を浄化することには貢献できる力にはなれない。そういう意味では、やはり(弱者の)悪と言わざるを得ない。 ゴマスリの道を徹して覇道の道を極めた人は完全に良心を捨ててしまった人です。自分が会社でやっていることを家族が知ったら、家族はその親を軽蔑するでしょう。会社で上司の要求に平然と、おカマを掘られるためにお尻を差し出している姿は家族にはショックです。家族の生活を守るためだと言うでしょうが、それは脆弁です。 王道の道でトップを極めたサラリーマンは現在では殆どいません。皆無といっていいでしょう。もちろん企業の創始者は当然王道です。自分の行動には自己完結で挑む。問答無用の責任意識がある。 だがサラリーマン社長はまったく責任意識がない。責任をとるという意味が分かっていない。理由は、自分の実力で得た地位ではないから他人事なのです。人から与えられた地位ですから責任意識がまったくない。最後は辞めれば済むぐらいにしか思っていない。しかも莫大な功労金(会社に損害を与えても功労金とは日本語はどうなっているのでしょう)をふんだくって。これは完全に社会悪です。その企業だけの問題ではない。社会の問題です。 リアルに生きるひとつの例を先にあげたのは、リアルの本質を理解するのに役立つからです。 文明というのは、いかにリアルでない生き方をするかを追求するものです。ですからあなたがたは殆どリアルな生き方を忘れている。それをとりもどすには、どのようにして、あなたはリアルでなくなったかを知ることです。 人間は生まれたときは肉体と精神が一体で生まれてきました。その時点では分裂されていなかった。 肉体と精神は存在の二つの側面だけであって一体のものだった。ところが、そこに文明やら、文化やら教育などの条件づけが為されて、肉体と精神を分割された二元論的世界を教えられた。 そして狭義の精神すなわち思考するものが自分で、肉体は思考する自分にコントロールされているものと思いこんでしまった。だから精神(思考)が主人になり肉体が奴隷になってしまい、本来が一体なものなのにギャップが出来てしまった。このギャップが、すべての人間の不安、恐れ、心配の原因となってしまった。 だが肉体も宇宙とつながっている。あなたの体は太陽の光なしでは生きられない。あなたの肉体は空気なくして生きられない。肉体と宇宙とのあいだには境界線がない。もちろんあなたの目には、あなたの肉体と空気との境界線はあるでしょう。だがミクロの世界では境界線はない。あなたの皮膚が境界線だと思いますか。皮膚は炭素と酸素と水素でできた有機物です。空気も同じ成分です。そこに境界線はない。 だから肉体は無限に広がる宇宙の一部です。 いっぽう精神(思考)はあなただけの有限のものです。無限のものとつながっている肉体と有限な思考では、思考は勝てっこない。それなのにあなたの思考部分が肉体部分を所有していると思っている。これが一番の重大な人間の錯覚なのです。 あなたが目をつぶると、ふつう、あなたは頭(頭脳)の中にいると思っている。だが、あなたが母親の子宮の中で生を得るとき頭から生まれるわけではない。まず男と女の原子が合一するだけです。そこには頭(頭脳)はない。ただ生命がスタートするだけです。ふたつの細胞が出会うだけです。そしてあなたが造られる。頭脳はその後です。だが肉体はそのときすでにどこにでもある。遍在する。肉体は遍在する宇宙と一体です。 あなたを頭でっかちから解放すること。あなたの頭で考えることは、みな実体のないものであること。ちょうど池に映る月のようなもの。たんなる映っている映像があなたの考えていること。月がリアルで、池に映るのは単なる月の映像です。地位や権力も所詮池に映る月の映像です。だがあなたがリアルに生きていないと、その映像を本物と思い込んでしまう。結果は死に直面したとき必ず思い知らされる、リアルに生きなかった分の借金を払わされる。だが死はもう待ってくれない。莫大な借金と利子を抱えてあなたは、あの世へ旅立つ、地獄の旅です。それなら、生きている間にリアルに生きて借金をつくらないことです。 |