あなたの好きな色

七色の虹

赤色 肉欲の色

橙色 食欲の色

黄色 知識欲の色

緑色 権力欲の色

青色 金銭欲の色

藍色 向上欲の色

紫色 悟り欲の色

この七色の虹が消えたとき

あなたは 空の彼方に消えていく



七色の虹が消えたとき

ある夜ひとりの禅僧がカラスになる夢をみた。それ以来、彼の一生はこの夢について費されたといってよい。この夢は彼にとっては深刻な問題だった。なぜなら、彼の実体は人間としての禅僧なのか、鳥としてのカラスなのか、それがはっきりしないこと。彼は、今、目が覚めている自分がカラスで、そのカラスが、人間としての禅僧になっている夢を見ているのか、夜、眠っている人間の禅僧がカラスになっている夢を見ているのか、どうして確定出来るのか、その確定する方法はあるのか、はっきりしないまま一生を終えました。しかし、彼は禅を完成させた覚者です。そのベースになるのがこのカラスの問題です。夢が現実か、現実が夢か。一般の人は両方とも現実だと思っている。ただ同時には思っていない。現実の、目を覚ましているときは、それが現実で、夢は幻想だと思っている。だがいったん眠りに入って夢の中に入ると、それが現実だと思っている。目が覚めてもしばらくの間まだ夢を現実だと思う余韻を残している。
前の章で、リアルとリアルでない違いは、存在そのものだけがリアルで、感じるものや考えるものはリアルでないと言いました。その観点からすると、目が覚めて起きているのを現実だとすると、現実もリアルでない。夢もリアルでない。リアルとはこの両面を超えた処にあるということを理解しなければならないことになります。
幻想という言葉は、リアルなのか、リアルでないのかを確定出来ない困惑状態を言います。そして世の中のものはすべて幻想です。幻想だけがリアルでないのではない。現実もリアルでない。
この禅僧が、問題にしたのもこの点です。人間が存在していることの意味が、このリアルかリアルでないかという二元論を超えた三元論の世界にあるのがリアルなものだということです。
七色の虹を見たことがあるでしょう。余りに美しくて、手につかんでみたいと思って近づくとそこに虹はない。世のなかのすべては虹のようなものです。遠くから見れば美しい、手にしたい、という欲望が出てくる。だが近くなればなるほどその欲望は薄らいでいく、そしてそこに到達すると完全に虹とともに欲望も消えてしまう。子供がおもちゃを欲しがって、泣きわめく、そして買い与えると、一時間もしない内にポイと捨ててしまう。人間の欲望はすべて虹と同じです。赤い欲望、黄色い欲望・・・・・・・・・。つかんだ途端もうゴミです。虹はゴミどころか何もない。それが真理です。何かあったとしてもせいぜいゴミです。
素晴らしい女性が欲しいという色の欲望。
大企業のトップになりたいという色の欲望。
数えきれないほどの大金が欲しいという色の欲望。
色々の欲望がうずまく幻想の世界に生きている人間。
だが、ひとたびリアルな世界にはいればそれらはゴミになる。そしてそのゴミを手にしたら、この世は幻想だということが分かるのが人間です。だが今、人類はそのつかんだゴミさえゴミだと認識出来ずに必死に掴んでいる人たちがいる。その人たちがこの人間社会をリードしている。政治家、高級官僚、財界人、宗教家、医者、弁護士、そしてそのたまご達を教育する学校。
前の章で個人としてリアルに生きるために、いままでの悪循環を善循環に変えるのに膨大なエネルギーが要ると言いました。この地球レベルの悪循環を食い止めるエネルギーの量は天文学的です。だから個人、個人が今までの二元論的世界観から三元論的世界観にそれぞれ変貌する努力がまず第一歩です。その努力が大きなうねりとなったとき、世界は一元になる。
あなたから、リアルに生きはじめることです。