黄金の錆

鉄は酸素で錆びる

黄金は錆びない

これが 常識だ

だが 黄金も錆びる

怠惰という 酸素が

黄金を錆びつかせる

価値あるものほど 世話がかかる

世話をするには 怠惰では出来ない

それは 日々の努力だから

継続の努力だから

怠惰な人には 不可能だ

怠惰な人は 奇跡を起こす人

黄金をも 錆つかせる 奇跡を起こす



鏡の上に溜まるホコリ

あなたが生まれてきたときあなたの心は奇麗な鏡、まったくホコリのついてない鏡のような状態です。
宇宙意識と一体の心です。
だが記憶の発生原因である、社会からの(特に母親からの)条件づけが記憶を蓄積する始まりとなり、そこから時間の概念が生まれる、すなわち過去と未来という考えが生まれる。それまではいつも現在しかない。過去や未来はない。だが条件づけされた内容が記憶となり、記憶はすなわち過去であり、過去になった記憶を未来に投影することで考える能力が生まれる。
しかも記憶の始まりが必ず母親によって為され、その記憶の大半が罪行為の定義とそれに対する罰意識の植えつけのため、子供はその後一生、深層真理の中に、母親に対する憎しみを隠し持って生きることになる。ですが顕在意識では、母親は絶対であり、自分という生を与えた存在であるため、深層真理にある憎しみを決して出すことはない。それが最初の罪意識の誕生です。
母親を殺すことは最も重い罪です。ですがその母親を殺したいという深層心理が奥深く刻まれていく。
それは、最初に子供の純粋さを抑圧し抹殺したのが母親だからです。子供がしたいと思ったことの殆どを母親が、家族に迷惑をかける、社会に迷惑をかけるという理由で禁じる。子供は自然に起きてくる本能的欲望を母親によって抑圧される。だが母親に逆らうことは出来ない。ライオンの母親は生まれてきた子供ライオンで弱々しいものは、容赦なく見捨てる。生き残る力のある子供しか育てない。
子供にとって、母親こそ生殺与奪権を握る存在です。生殺与奪権を握る存在に対しては、握られる側は潜在意識の中に殺意が増殖されていく。この現象は自然の摂理です。ですから他の動物は親離れが早い。親離れが早い動物ほど、親に対する依存心が少ないだけ対等の関係に早くなる。だから逆に母親に対する親近度は強い。仲間意識と同質のものです。上下の間に畏怖心はあっても、親近度はほとんど無い。ただ表面には出せないだけです。人間の親子の関係は生まれて十年から十五年間ぐらいは完全に親が上です。十五才ぐらいになった子供が急に母親に対し反抗的になるのは、そこではじめて母親の持つ生殺与奪権から解き放たれるからです。
西欧では、特にキリスト教国では、その罪意識をもともと生まれたときから持っているものとして、他の動物と同じで、出来るだけ子供の一人立ちを早くしている。だから甘やかすことは一切しない。それが彼等には自然であたりまえのことです。
確かに、人間も動物の摂理をベースに生きている。しかし人間には生まれたときは動物と同じように考える力はないが、人間の大脳だけには、本能を司どる古い皮質の上に考えたりする理性を司どる新しい皮質が二重の層になっていることが分かっている。すなわち人間だけには学習能力があるということです。学習能力が人間を宇宙という神に限りなく近づける。だから人間に生まれたということは神になる前段階であるということを、認識出来ない人間は正に他の動物と変わらないということです。
人間も生まれたときには、純粋な、まったくホコリのついていない鏡のような状態で生まれるのですが、学習能力がその後の人間社会の条件づけで罪意識を生む。それが鏡の上に溜まったホコリとなる。ホコリは、掃けば無くなって、元の奇麗な鏡が出てくる。だから常に生まれたときと同じ奇麗な鏡が、あなたが普段、自分と思っているホコリの溜まった鏡の下に控えているということを忘れないことです。
そのホコリはすべて過去の記憶(知識)と、まだ来ぬ未知なるものに対する不安が原因です。知識は過去のものです。未知は未来のものです。だが「知る」ということは、油断すれば、すぐに過ぎ去って行く、この短い「現在」という瞬間しか出来ないことです。「知る」ということは鏡に映るものを見ることです。その鏡がホコリでいっぱいになっていたら、鏡の役割である映すことが出来ない。結局「知る」というこの瞬間しかないチャンスを逃すことになる。体験、経験はみな、この瞬間を「知る」ということです。そのためには、常に体験、経験を投影する鏡を磨いて、ホコリが溜まらないようにしておかなければなりません。