非思量

不思量底を思量す

是即 非思量

考えないように 考えることを 続けると

考えが なくなっていく

続けることが 大事なこと



色即是空・空即是色

普段のあなたがそのままで覚醒のドアーの前に立っていることを知ることができればエキサイティングな人生が待っています。
だがあなたは知らないから開けられない。それだけのことであなたの人生は希望のないものになっているのです。
決して釈迦やイエスのような境地にならないと覚醒の入り口に立てないわけではないのです。
いますぐそこに、あなたは入り口に立つことが出来るのです。そこにドアーはあるのですから。あなたも、まんざら捨てたものではないことを知ることです。
あなたが、醜い欲望にとらわれていても、怒り心頭の状態でも、守銭奴のかたまりになっている状態でも、覚醒の入り口に立つことが出来るのです。
なぜならあなたが如何なる状態でも存在しているということは、意識していようが、無意識であろうが、宇宙意識(全体意識)とつながっているのです。全体意識とのつながりがなくてあなたは存在できないのです。
いかに、あなたが大嘘つきでも、殺人者でも、存在している限り、あなたは全体意識・宇宙意識とつながっている。そのつながっているところが覚醒のドアーです。
ただあなたはいつも焦点をドアーのところにおいていないから見えないだけです。
ドアーの向こうには真っ青な空がある。それが宇宙です。宇宙意識です。
だがあなたはドアーのこちら側であなたの欲望という雲が覆ってしまってドアーを見えないようにしてしまっているのです。
雲に焦点を合わせると空は見えない。だが空が消えたわけではありません。
ちょっと微妙なタッチですが、あなたが雲に焦点をおくと空はあなたの視界から消えるが、なくなるわけではないことを理解してください。
あなたが空に焦点をおくと、雲はあなたの視界の中でうろうろする。行ったり来たりする。落着かなくなる。何とかしてあなたの関心を引こうとあなたの前をちらちら動く。
空からあなたの関心を奪おうとする。だが雲は空を消したり、汚したりすることは出来ない。触れることさえ出来ない。空は永遠に純潔です。一切触れられない。
ただあなたができるのは、雲に焦点をおく生き方をするか、空に焦点をおく生き方をするかを選ぶことができることです。
空はいつもいる主人です。雲はどこかから来てどこかへ行く客です。
それなのに、あなたはいつも客に焦点をおいて、主人のことを忘れる。
客は、所詮、客です。なんの責任もない。無責任な言葉を吐く。それに耳を傾けるあなたは、主人の言葉を忘れて、客の言うことに同意する。結果はあなたが惨めになるだけです。
だが客は知らん振りです。主人はあなたから忘れられてもあなたを見守る。
もういい加減、目を覚ましなさい。
あなたが客に焦点をおくのは、客の気持ちを自分に引き寄せたいからです。客を自分のものにしたいと思っているからです。ちょうど、女性の純潔を奪って、ひとり悦に入り自慢しているバカな男と同じです。自分のものにしたと思っている。だが女性はそんな男のところにいつまでもとどまっていない。比較材料に使われてよりいい男のところへさっさと行ってしまう。
バカな男は、"何故だ、自分のものなのに"と思ってショックを受ける。
雲なんかに純潔はない。触れることの出来るものに純潔はない。触れることの出来ない空だけが純潔なのです。
客に焦点をおかないこと。主人におくこと。空があなたの永遠の主人です。
そうすれば、遅かれ、早かれ、客である雲はどんどんいなくなっていき、雲と雲の間の隙間が大きくなっていく。最後まで残っているのは当然主人の空だけです。
そして、ここが大事なところです。
一度空の純潔を知ったらあなたは雲がいっぱいの世界に戻ることが出来る。
戻っても前の世界とは違う。同じ前の世界が美しく見える。雲のある世界もそれなりの美しさがあることに気がつく。それはあなたがもう客に惑わされない主人になっているからです。空という主人とあなたが一体になっているから、雲は雲なりの美しさを発見出来る。だがあなたが主人です。雲はいつかはどこかへ行ってしまう客だということを知っている主人です。
色即是空とは、あなたが空という主人だということを知ること。
空即是色とは、あなたが空という主人だということを知ったら、雲という客もまたそれなりの良さがあるということを知ること。
まず、最初に色即是空です。そして、空即是色です。
空即是色・色即是空はない。
Give & Take はあっても Take & Giveはない。