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感動 あなたは映画を見て感動する あなたは音楽を聞いて感動する あなたはおいしいものを味わって感動する あなたは心地よい香水を嗅いで感動する あなたは素晴らしい女性の肌に感動する そこまで あなたは五感でしか感動できない どうして六感で感動しない どうして七感で感動しない 六感や七感や・・・・・ 感がどんなものか知らないからだ 感のレベルが大きいほど 感動も大きい だから宗教がある 神を感じたいからだ だけど神よりもっと向こうの無限感があるかもしれない だけど 人間は神までで止まっている ひょっとしたら 自然の動物は神以上の存在を感じているかもしれない あなたの五感を合成する 目が見ているのではなく、そのうしろにいるあなたが目を通して見ていると前に言いました。 耳も口も鼻も肌も皆同じです。 五感は単なる道具です。 だがあなたは、そう思っていない。 あなたの目が見ている、耳が聞いている、鼻が臭っている、口が味わっている、肌がタッチをしていると思っている。 だが、そのうしろにあなたがいなければその感じは生きていない、死んだものです。 一番それを理解できやすいのは、肌でのタッチです。 あなたが、誰かの体を触れる、だが触れるのはうしろにいるあなたではなく、あなたの手だけで触れたら触れられたその相手はあなたの手は死人の手と同じフィーリングを持つ。だがあなたの手は生きている。だから相手は侮辱を受けたように思う。 相手からしたら、あなたはただ触れているように見せているだけで、実際には触れていない。 女性はこのボディー・タッチに鋭いセンサーを持っている。 だから、家庭でも夫が必死に隠そうと思ってもすぐにばれる。 会社の上司にはうまくゴマスリでごまかせても、女性には無理です。会社の女性もそれを見抜いている。 部下や上司の評価は女性社員が一番正確です。それは女性の五感は男性よりシンセサイズされているからです。 ふつうあなたが五感の主人でない限り五感は独立した機能です。 たとえば、何かひとつの食べ物を対象にしましょう。 目はそれを見る、そして見た情報をあなたに伝える。 耳はそれから発する音を聞き、その情報をあなたに伝える。 鼻はそれが発する匂いを嗅ぎ、その情報をあなたに伝える。 口はそれを味わって、その情報をあなたに伝える。 手がそれに触れて、その情報をあなたに伝える。 外の世界では、あなた独りがそれをすべてこなしている。それは当然です。目も耳も鼻も口も手も皆あなたのものですから。 だが、目、耳、鼻、口、手はおたがいのことを知らない。目はその食べ物を見ているが、鼻がその食べ物の発する匂いを嗅いでいることは知らない。手がその食べ物の柔らかさを感じていることを知らない。 そしてすべての情報、すなわち、見、聞き、匂い、味わい、タッチ、の情報はすべて、あなたにレポートされる。そこで集中管理される。外ではあなた独り、内でもあなた独り、だが途中は目、耳、鼻、口、手と分かれる。そして見ているのはあなたではなく目だと思っている。他もそうです。目がレポートするあなたと耳がレポートするあなたと同じだと目も耳も思っていない。別人です。だが実際は独りです。ここが問題です。あなたが分裂してしまっている。五人のあなたがいる、だがそのあなたは幻想です。しかしその幻想を自分だと思っている。 見ているのは目のうしろにいるあなたで、その同じあなたが耳で聞いていることを知ることです。そうしたら見る対象が生きる。そしてあなたに感応する。シンセサイズする。 だからあなたが見ることです。聞くことです。臭うことです。味わうことです。触れることです。 目でも、耳でも、鼻でも、口でも、手でもなく、あなたがシンセサイズすることです。 だが、最初は花とか木とか星からはじめたほうがいい。 人間は難しい。人間なら、恋人でないとトラブルになる。 あなたが本当に見ると、相手は自分の奥深くまで侵入された気がして警戒して、脅える。 花や木なら、逆に喜ぶ。恋人なら、警戒しない、裸になれる。だから見つめられても自分の奥深くに侵入されても怖がらない。 そして、花や木や恋人であなたが見、聞き、匂い、味わい、触れることができるようになってから他のひとや、外の世界を対象にしてみることです。そうすると今まで、見てきた世界が、現実だと騙されてきた世界が、幻想で、夢のようだったことに気づく。そして同時に実体の世界にあなたが浸透していくことが出来るようになる。それがまさに覚醒するということです。 |