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不安 生きるとは 危険なジャングルの中に放り出されること 死ぬということは ジャングルから広大なサバンナに抜け出すこと 生まれて そして死ぬというくり返しは 夜のジャングルから 朝のサバンナへの行 き帰り それが本当の生きるということ だけど あなたは 人間が勝手につくった檻の中にいる 檻はジャングルにもサバンナにも もともとないもの なにかまわりの景色と合わない不自然なもの その中に入って 生きている 鉄の格子でできている檻は丸見えのもの その中からジャングルで起きている景色を見ていると ますます檻から出るのが恐くなる それが 檻の中で生きるものの愚かな宿命 不安という 目に見えない 檻の中だけにある幻想 檻から出れば 無限の広がり すべては あなた次第の 無限の自由 だけど あなたは 檻の中から出ようとしない 不安だらけの檻の中で ただ震えるだけ 不安に対してあなたは何もできない 危険に対してあなたは何かできる 勇気さえあれば 不安を選ぶか 危険を選ぶか それは あなた次第 良い悪いが精神の眠りの原因 我々の住む4次元の時空の世界は時間という4次元目の要因に支配されている。 これを、帰納法で考察すると、(N−1)次元の世界はN次元目の要因に支配されているということです。 だから、3次元の立体である我々すべて(N−1=3)は4次元(すなわちN=4)目の要因に支配されているという結論になる。 同様に、2次元の平面は3次元目の高さに支配されている。 1次元の線は2次元目の長さに支配されている。 立体(3次元)を、ある高さ(3次元目の要因)のどこかで切断してその断面を見るとある固有の高さでの平面(2次元)が表れる。 平面(2次元)を、ある長さ(2次元目の要因)のどこかで切断してその断面を見るとある固有の長さでの線(1次元)が表れる。 だから逆に考えると(これが帰納法だ)4次元の要因は何かと結論をだすのには、4次元の、ある固有のどこかで切断した断面が立体として表れる。 今のこの自分という3次元の立体は、今(たとえば2000年5月9日午前10時31分11秒)という固有の点で4次元のものを切断した断面をいう。 だから、4次元の要因は今(2000年5月9日午前10時31分11秒)という点を示す時間だという結論が導き出される。 だから本来3次元の立体である我々は時間を加えた4次元という器に閉じ込められている。それが宇宙である時空の世界です。 自分が住んでいる檻が時空の世界です。 だから、3次元の我々は2次元の平面を閉じ込めているということになる。 それが2元論です。 この2元論に3次元である我々はこだわる。支配しているのだから執着する。 支配者は常に被支配者のことに執着する。この奴隷は俺のものだ、奴の奴隷ではない。 この女は俺の女だ、奴の女ではない。といった具合に。 この2元論が、善悪、正しい・間違い、強弱、成功・失敗、……といった考え方です。 そしてその結論を出すのは自分(3次元の立体である)です。 その執着があなたを眠りから覚まさせない。その2元論の決定をするから、すなわちこれは善い、これは悪いといった決定をあなたがするから、執着する。すなわち眠ったままなのです。眠りから覚醒することです。 この感覚を実感するための方法が1次元下げた、二元論に執着しない方法です。 これは良い、あれは悪いといった善悪なんてそもそも無い。彼は金持ちだ、自分は貧乏だなんて、何にも意味を持たない。なぜなら、そう思う自分は4次元の檻のなかに住んでいる3次元の立体なのだから。4―1=3なら意味はある。4が檻で3が自分だ。 3―1=2は無意味。3は眠っている自分、2はただの平面、何が意味ある。 ただの紙切れです。 だから決して、ある人間を正しいとか間違いだとかいった判断を別の人間がしてはならない。それは単なる執着だから、4次元の時空の世界にいる我々には無関係の世界です。 それを判断するのは、1、2、3、4、………N……∞(無限)の何かだ、それを神といっても、宇宙といっても、自然といっても、最近、新興宗教団体で詐欺行為の容疑で逮捕された教祖がよく使った天の声といってもよい。だがそんな大袈裟な観かたをしなくてもいくらでもあなたのそばに天はいてくれる。犬を見ていたら分かる、犬が教えてくれる。天とは如何なるものか。 |