希望

希望はパンドラの箱に残された神のしかけ

人間にしかけられた神からのトリック

三千年にわたる 悠久のしかけ

最初の千年は ほんのかけらも疑わず生きてきた

次の千年は 振りまわされて生きてきた

最後の千年は 気づきながらもどうすることもできずに生きてきた

トリックだと知った今 人間は神に立ち向かう時が来た

パンドラは女性のシンボル

神はいつも女性を使って トリックをしかける

それなら 人間も女性を使って 神にトリックをしかけよう

神も女性が お気に入り

さあ 次のミレニアムの理想の女性を造りだそう

神も戸惑う 素晴らしい女性を造りだそう

そして 神に希望を与えよう

その希望の入った箱の名は 玉手箱

竜宮城から持ち帰った 浦島太郎の玉手箱

神は素晴らしい竜宮城の女性の玉手箱を開けるだろう

開けたら 神は 自分が人間でないことに 気づく

真っ白な髭の神であったことに気づくだろう

そのとき 希望は神のトリックから 解き放たれる

そして 人間のための希望になる

さあ 恐れず ためらわず 希望を持って生きてゆこう



パンドラの箱

あなたは、なぜ生きているのか考えたことがありますか。
毎日、同じことを繰り返しているだけです。
朝、起きて、夜、寝る。その間もほとんど同じことの繰り返しです。完全にマンネリです。
それなのに、生きている。どうして? パンドラの箱をいつも携えているからです。
パンドラの箱のはなしを知っていますか。これはギリシャ神話です。
パンドラは、ギリシャ神話の最高神ゼウスが泥から造ったといわれる地上最初の女性でパンは"すべてを"で、ドーラは"与えられた女性"という意味のゼウスが認めた女性であったにもかかわらず、プロメテウスが神の世界の火を盗んだ罪に対してゼウスが、復讐のためパンドラに与えた箱で、その中にはすべての災いが詰まっていて、ただ「希望」だけ残して地上に飛び散った、というはなしです。
その「希望」が現代でも人間を迷わせているのです。ゼウスの人間に対する復讐が今でも続いている。
「希望」があるため人間は生きている。ですがその結果、現在この瞬間を生きることが、すなわちリアルに生きることが出来ないでいるのです。
パンドラの箱の中にあった「希望」が、現在を生ききることを邪魔する災いになっているのです。
あなたは、「希望」という言葉を肯定的に捉えているでしょう。だがゼウスは、人間にとっての災いの元にした。この違いは何でしょうか。ゼウスのトリックです。
「希望」は未来にある。その結果、現在を逃す。これがトリックです。
いつか、どこかで、何かが起こる。これが希望です。
いつかは、今、断定出来ない。
どこかも、今、断定出来ない。
何かも、今、断定出来ない。
それが「希望」の実体です。
だがそれにすがって生きているのがあなたです。まだやって来ない未来に生きているのがあなたです。現実は今、ここ、にしかない。
「希望」があなたをリアルに生きさせることを邪魔している。
そして「希望」という誘惑の言葉に惑わされて、この瞬間を逃して夢を見ている。
しかも、その夢をリアルと勘違いしているから、その夢にせっせとエネルギーを与えている。実体のないものにエネルギー(力)を与えると、大事なエネルギーがエントロピー(再利用不可能なエネルギー)になる。それは、作用・反作用の法則に沿った運動が出来ない(のれんに腕押しの状態)ため、与えたエネルギーと同じ量の負のエネルギーが生じるということです。これは心身ともに疲れる。
だから毎日同じ繰り返しをしているのに疲れる。普通、同じ運動を繰り返すと、慣れから、疲れは少なくなっていくのが当たり前です。
ですがあなたは、繰り返せば、繰り返すほど、疲れる。身も心も。それが大人になるということらしい。確かに子どもは同じ繰り返しをしても決して疲れない。
エネルギーが負の循環になっていないからです。エントロピーをつくっていないからです。
それは、瞬間をトータルに生きているからです。常に根から発するエネルギーを使っているからです。
大人は外からのエネルギー(食物も含めて)を使って、しかも、まだ来ぬ未来に「希望」を持って生きている。外からのエネルギーは有限です。結局は疲れ果てておしまいです。
子どものしていることは、それがたとえ、倫理的にも、道徳的にも問題があったとしてもトータルです。根からのエネルギーによって動かされている。そのエネルギーは宇宙エネルギーですから無限です。
宇宙が子どもに無限のエネルギーを与えているように、あなたもリアルなものにエネルギーを与えることです。リアルでないものに与えてはいけない。
パンドラの箱に残された「希望」に執着したら、ゼウスの復讐に遭う。
パンドラの箱の中に残された「希望」はアダムとイブが食べた「知識の実」です。
知るということは、「現実」になかなか繋がらない。知らない、無知の方が「現実」に繋がっている。このことをよく認識しておくことが大事です。無知な子供が現実的に生きることが出来る。知識の実を食べるとエデンの園という「現実」から追放される。トータルに瞬間を生きるとき知識は必要ない。過去や未来に生きるから知識が必要となる。
パンドラの箱の中に残っている「希望」に騙されないことです。
「希望」を持って生きることは、現実的に生きないことです。
「希望」はあなたを過去から未来に飛び越えさせる。現在を生きさせないために。
それが、ゼウスのパンドラに与えた復讐の箱です。
その箱は、この瞬間を逃せば近づいてくる。この瞬間を掴めば遠ざかっていく。