この山越えれば花さかり

ゴルフを したことが ありますか

プロでも 止めたい と思うことが 何度もある

ましてや あなたは しょっちゅうだ

それほど 思い通りに 球は 飛ばない

それなのに 球は 気まぐれだ

ときたま 驚くことをする

プロも顔負けなことを おこす

そのとき あなたの 止める心は 忘却の彼方

なぜなら そこには 花さかり の 光景

この山越えれば花さかり



如何に在るべきか

我々が日々生きている世界は雲だらけです。雲だらけで空のかけらさえ見えずに生きているのが現実です。
真っ青な空を見入る前に雲を取り除く作業に労力を取られるのが現実です。
ですがその雲を取り除く作業が修行で、苦行のあとには必ず贈り物が貰える。
「この山越えれば花さかり」です。
この花さかりがどんなものか。
あなたは日々どんな気持ちで生きていますか。
今日、一日何をすべきかと思って生きているなら、あなたはすべてを逃す。
今日、一日如何にあるべきかと思って生きているなら、正解です。
人間は必ずどちらかのタイプです。
97%は何をすべきかと思って生きている。そのひとたちは常に自己不在です。
自分の家があるのに、常に留守です。あなたもそうでしょう。
あなたは、自分の家にいると断言できますか。だからといって他人の家に居候している訳でもない。それはそれでまたひとつの方法です。
問題は、あなたはホームレスだということ。しかも自分の家があるのにホームレスだと思っている。これが最大のあなたの悲劇です。
更なる悲劇は、あなたは自分の家の前にずっといながらその家が自分の家だと気がつかずにホームレスをやっている。そしてついに命つきるまで気づかない。これ以上の悲喜劇はない。
その原因は今、自分のいるところを認識していないからです。
車を運転して道に迷って、今どこに、東に向かっているのか、北に向かっているのか完全に分からなくなった状態です。
そんな状態のときに「何をなすべきか」ではない。「如何にあるべきか」です。
止まることです。まず止まることです。動かないことです。
そして回りを眺めることです。自分を中心にぐるっと360度回ってみることです。
自分の中心をはずしてはならない。
何が見えますか。何か見える。それならまだまだです。
もっと速く回ってごらんなさい。何も見えなくなるときが来る。
そのとき在るのは中心のあなただけです。
そうすると何をすべきかという質問は消えて、如何にあるべきかの答えが見える。
花ざかりの畑が見えてくる。