コンピュータ

人間の頭脳 とコンピュータ

計算速度は コンピュータの勝ち

処理速度も コンピュータの勝ち

通信速度も コンピュータの勝ち

判断処理は 今や 五分五分

それでは 一体 人間の 価値はどこにある

善悪の判断はコンピュータにはできない

道徳観 といってもよい

倫理観 といってもよい

人間に残された 価値は

この 道徳観 倫理観 の判断力だけ

その判断力が どんどん なくなっていく

これでは 天は 人間の存在価値を 認めなくなる

そうなれば いよいよ人類の破滅が 待ちうけている



記憶の蓄積が自我を生む

あなたが"わたし"と思っているのが「考え」と呼ばれているものです。
厳密に言えば「考えている」です。進行形です。「考え」の連続体です。
過去と未来の間を行ったり来たりしながら考え続けているのです。
時間という四次元の物差しに従って、時には時系列(過去から未来に順序だって)に、ときには非時系列(過去も未来もばらばらの順序で)に考えたもの、経験した知識の蓄積が記憶です。
だがそれは時間という物差しに従ってのものですから、この瞬間、現在、は含まれていません。
現在は時間の一要素ではない。時間に制御されないポイントです。
過去と未来は時間の要素です。現在は過去と未来というギャーをシフトするとき必ず通過しなければならないポイントですがギャーではない、ニュートラルなポジションです。
過去、未来という水平的ギャー・ポジションと現在という垂直的ギャーポジションが交差するゼロ(ニュートラル)ポイントを瞬間というのです。
まずこのことをよく理解しておかなければなりません。
そして「考え」を自己の意識だと思い違いしているのが自我(エゴ)です。
だが「考え」と意識はまったく違うものです。本来あなたにあるのは意識だけです。だが人間には考えるという、ある意味では有効な機能が与えられたため、永い間に意識のまわりを厚く覆い被さった層ができた。それが記憶です。
最近の生理学で発見されたことですが、人間の大脳だけは他の動物と違って、二重の層になっていて、古い皮質のまわりに新しい皮質が覆っている。古い皮質が意識(というより無意識といったほうが適切ですが)で、いわゆる本能や自然、宇宙意識と連動する器官です。一方、新しい皮質が「考え」です。知性、理性すなわち考えたり。制御したりする器官です。
普段、人間はこの新しい皮質に負うところが多い。使い道が多いからです。
ですが、この器官を使っていると、あなたはリラックス出来ないし、常に騒音の中にいる。その騒音がまさにエゴの食べものになっています。エゴの栄養の源泉です。騒音、雑多の中で「考え」と意識を区別出来なくなってしまう。そんなとき必要なのは静けさです、完全な静けさです。それが沈黙です。
だからあなたがギャーシフトするとき必ず通過するニュートラル・ギャップで止まること、そしてニュートラルのままで、惰性で走るとエンジン音が聞こえなくなるくらい静かな状態になるから、ほんのちょっとでいいからその状態を保つと沈黙のフィリーングが掴める。そのときエゴは消えてなくなる。沈黙がエゴを消す消しゴムだということを忘れないこと。
そして、水平運動する時間と、垂直運動する沈黙との交差点のニュートラル・ポイントで一瞬でも止まれば、垂直運動が優先されるということを知っておくこと。
過去は現在の過ぎさったもの。現在がなければ、現在が過ぎさった過去は存在出来ない。また未来も現在がやがてやってくるもので、現在がなければ未来もない。
常に現在が過去よりも、未来よりも上位にある。
だから、その交差点でいったん止まれば、現在の勝ちです。そうしたら垂直運動のほうに行く。
そうなったら、あなたは「考え」と意識を同一視しなくなる、そして自我(エゴ)は必然的に消えてなくなる。