火葬

昔は みんな 土葬だった

今は みんな 火葬だ

人口の増加問題もある

しかし もっとも 大事な 変化は

土葬だと 人間の情念の 名残が続く

肉体が 死んでも そこに 歴然とある

魂は その 死んだ肉体に 執着する

だから 火葬がいい

そのとき 肉体だけでなく

自我(エゴ)も 燃やし尽くせるから



自我(エゴ)が燃え尽きる

火葬場で死人は体を焼き尽くされる。だが死人に口なしです。
生きているあなたが、自分の体が焼き尽くされていくイメージを持てるようにする。「あなたの体がまず足の先から燃えて行き、どんどん上に燃えあがって行き、やがて頭さえも燃え尽きて、すべて灰になる、あなたの体が」
それをあなたは第三者の目で客観的に見つめる。
そうすると、ある日突然あなたは変貌する。今までとまったく違ったあなたを発見することができる。
まず、あなたは死を恐れなくなる、というよりも死に対する恐怖の原因が実は"死"そのものにあるのではなく、"生"に原因があるということを知る。あなたが生を100%生ききっていない、そこへ突然、死が訪れる。死は待ったなしにやって来る。あなたは途方にくれる。今まで、ずっと先伸ばしにして来た宿題が山積み状態です。その宿題を消化するには時間がない。
死という先生は待ってくれずに、どんどん次のステップに進んで行く。あなたは立ち往生です。それが死に対する恐怖の原因です。死そのものが恐いのではない。
どうして死んだ経験のないあなたが、死というものに対する知識のないあなたが、死を恐れるのですか。
たとえば、どうしてあなたは犬が恐いのですか。
犬が好きな人間は犬を恐がらない。それは犬のことを良く知っているからです。犬は、愛しく撫でてやったら、人間が好きでなついてくるということを知っているからです。あなたが犬を恐がるのは、そのことを知らずに、ただ犬を見ると噛みついてくると思うからです。被害妄想という無知からです。
無知が恐怖を生むということを良く認識しておくことです。
それと死についてもうひとつ。
あなたが生まれたその時から、死が必ずやって来るということだけが、生のなかで唯一確実なことで、それ以外のことはすべて確定できない、はっきりしていない、そのときになってみないと分からないということ。
死だけが断定できるのに、あなたは死をアクシデントと勘違いしている。
また死は、生まれたそのときからあなたのそばにいて、死への旅が始まっていたということをあなたは知らない。
事実、あなたの体は日々死んでいる。あなたの細胞は日々死んでいっている。
あなたは死が突然やって来たと思うだろうが、死は生まれたときから、確実に一歩一歩進んで来て、その最後の段階であなたは気がつくだけです。
病気もある日突然発病するが、その原因は体の奥深くで、発病するずっと前から進行していたのだということは、あなたは知っているでしょう。死の行進も同じです。それなのにあなたは了解していない。原因は先伸ばしです。
先伸ばしすることは、どんなことでも、問題を大きくする。これをよく知っておくことです。
息についても以前話したことがありますが、息を吸うことが生であり、息を吐くことが死である。あなたは普段息を吸うことに普請しているが、それがあなたに緊張感を与えていることに気づいていない。息をするときも、吐くほうに意識することです。
体は自然のメカニズムが働いて、息を吸い続けると、必ず体が自動的に息を吐いてくれる。
同じように息を吐き続けると、体が勝手に吸ってくれる。
ですから息を吐くことに普請することです。息を吐くとあなたは沈黙の中でリラックス出来る。何故リラックス出来るかというと、息を吐くと、あなたの中に"ある"!スペースができる。息を吸うと、そのスペースが埋まる。
その空いたスペースに体が自動的にあなたの意識を吸いこんでくれる。そうするとあなたとあなたの体が別のものになる。あなたという意識は実はあなたの体とは別のものだったということが分かる。そうすると自我(エゴ)が自然に消えていく。
この自我(エゴ)が消えていく感覚を体験するのに、体が足下から燃え尽きていくイメージが有効です。
何故、足下からはじめるかというと、足が自我(エゴ)から一番離れているからです。
自我(エゴ)は頭にある。頭から燃えはじめると、自我(エゴ)が構える。自己を守るために、また得意の罠をしかける。その罠にあなたはすぐはまる。
だから、自我(エゴ)が潜む頭から一番離れた処から燃えはじめる。そして徐々にその炎があがって行き、最後に頭を燃やす。
自我(エゴ)は脳細胞に記憶として在る。記憶は体の一部です。記憶は脳細胞に記録された物質です。この脳細胞を燃え尽きるイメージをする。そしてこの脳細胞が灰となって、体の外に放り出されたとき、あなたはセックスでのクライマックスの一瞥の解放感がここでは永遠のクライマックスとして体験する。
そして、深い、静かな、沈黙のリラックスの世界に誘われる。