始まりと終わり

始まりのあるものには 終わりはない

終わりのあるものには 始まりはない

これが 宇宙の摂理

神は 永遠だ 創造主だから

はじめに 言葉(神)ありきだ

終わりはない

あなたは 輪廻転生する 被創造物だ

だから はじまりは ない

だから 終わりがある

死という終わり

輪廻転生を閉じる終わり

無限とは

始めもなく 終わりもないもの

神も所詮 有限なもの



無限の拡がりにあなたを放り出す

「無限に続く空間に自分を置いてみる、そこに山や河があっても意識はそこに向かないようにして対象の無い無限の拡がりに自分を放り出してみる、すると、それまで影のように追いかけてきた考える心がすうっと消える」
エゴは境界がないと生きて行けない。常に、ここはここ、あそこはあそこと区分けをしておかないと気が済まないのがエゴです。
そして考える心はもっと巧妙です。
無限の拡がりに思いを馳せているとき、たとえば木が立っていたとする、すぐに立ち止まって木に話しかける、そしてその木は何という名前で、どんな花を咲かして、……とどんどん進む、いつの間にか無限の拡がりへの思いはどこかに行ってしまう。これが考える心の巧妙なところです。常に意識をしておかないと、すぐに脱線させられる。
そしていったんそのトリックにはまると、あなたは独りでいられなくなる。
社会と関りを持つ。
意識を無限の拡がりに置いて、どんどん拡がって行く途中で如何なるものとも関係を持とうとしないこと。
最初はちょっと難しいでしょう、考える心は他のものとの関りから生じる社会によってつくられたものですから。その考える心を置いて行くことは難しい。どこにも置いて行けない、常に影のようにまつわりついて追いかけてくる。
社会との関りそのものは、外部のことですから置いて行くことは可能ですが、その関りによって内部に生じる考える心はあなたの行くところにいつもいる。
それから離れることは難しい。
あなたが居直ったとき、考える心はあなたから離れて行く。
居直るということ自体がエゴを放棄することですから。
そして考える心を置き去りにすると、あなたは重しから解放され不安や心配な思いはなくなり、沈黙という深い静けさがあなたの中に充満する。
まさにこのとき考える心は次の手を打ってくる。
縄張りの法則です。
如何なる生物でも、存在出来るためには、ある一定の空間を必要とする。
独りになれる空間が必要です。社会という他人との関りはプレッシャーがかかる。
そのプレッシャーに耐え続けることは不可能です。休息する必要がある。
そのための空間です。それが縄張りの法則です。
どんな動物でも、仲間の中でも、はっきりと縄張りが決められている、その縄張りに進入すると攻撃を受ける。
人口が余りにも増えすぎて、人間一人当たりのスペースが小さくなっているのが、精神的な病気を生んでいる。時折、丘の上にでも上がって、そこから無限の拡がりに思いを馳せてみると、大きな縄張りが確保されて考える心の浄化作用に役に立ちます。
そして、また現実の社会に戻って来る。
行ったきりで戻って来ないと、独りの感覚が麻痺してしまう。
出家した人達がそうです。一人でいて独りでなくなる。
時折独りになったら、また他人との関わりの社会にカムバックする。
この繰り返しをすることで、あなたはどこにいても独りになれるようになる。