|
第五十五章 須佐之男命と聖徳太子 聖徳太子が酷評されている時代の社会は安定していました。 江戸時代がその代表です。 社会が安定していると聖徳太子の出番はありません。 社会が不安定になると聖徳太子の出番だというわけです。 日本神道には、天津神と国津神という二つの神さまがいます。 世の中が安定している時代は天津神の世であり、世の中が乱れてくる時代は国津神の世になると言われている。 「津」とは港、つまり、出入り口のことですから、天津神とは天との橋渡しをしてくれる神さまということであり、国津神とは国との橋渡しをしてくれる神さまということになります。 神道における神さまとは先祖のことを指しているだけで、人知を超えた存在としての神さまとは違います。 つまり、天津神とは神話の世界の祖先であり、国津神とは実在の世界の祖先というわけです。 天照大神は天津神の代表であり、伊勢神宮がその社。 須佐之男命が国津神の代表であり、出雲大社がその社。 つまり、神話の世界の祖先を祭っているのが伊勢神宮であり、実在の世界の祖先を祭っているのが出雲大社なのです。 日本全体が神無月になる11月は、八百万(やおよろず)の神さまがみんな出雲に集まるから、出雲だけは11月は神在月と呼ばれる。 出雲大社が実在の世界の祖先を祭っている証であり、その代表が須佐之男命なのです。 イエス・キリストと聖徳太子がラップしているように、実はこの須佐之男命と聖徳太子がラップしている。 聖徳太子が何故いま注目を浴びるのか。 そのヒントがここにあるのです。 |