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第七十章 天皇家の秘密 聖徳太子が当時の中国王朝、隋の皇帝・煬帝に送った親書は有名です。 「日出る処の天子、日沈む処の天子に・・・恙(つつが)無きや・・・」 「恙(つつが)無きや」は、お互い見知りの関係にある者同士で交わされる言葉です。 聖徳太子と隋の皇帝・煬帝とは知り合い同士であった証明です。 達頭汗と隋の皇帝・煬帝とは不倶戴天の敵同士であった。 つまり、 聖徳太子=達頭汗=司馬達等=渡来人 このことは以前にもお話しました。 更に、天皇家で「徳」の諡号を得た人はすべて非業の死を遂げています。 第十六代仁徳天皇然り、 第三十六代孝徳天皇然り、 第四十六代称徳(孝謙)天皇然り、 第五十五代文徳天皇然り、 第七十五代崇徳天皇然り、 第八十一代安徳天皇然り、 第八十四代順徳天皇然りです。 そして、 聖徳太子です。 「神」と「徳」の諡号を持った天皇は易姓革命の中心人物だったと考えてもいいわけです。 そうしますと、いよいよ日本の天皇家の正体が見えてきます。 チベット暴動で中国が崩壊し、北朝鮮が崩壊し、アメリカが崩壊し、そして、日本の崩壊がその後にやって来る。 その時、日本の天皇家の正体が白日の下に曝されるのです。 |