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第一章(Part 2) 金閣燃える 「大変だ!金閣寺が火事だ!」 西大路通りは、金閣寺を過ぎて大徳寺に向かうと北大路通りになる。 金閣寺は室町時代には北山第(きたやまだい)と呼ばれ、帝の御所に対抗する足利義満の別邸として建立された邸であり、臨済宗の寺でもあった。 鹿苑寺(ろくおんじ)が正式名で、その中の舎利殿が金閣寺と呼ばれている。 『金閣寺ではない!ただの舎利殿だ!』 鹿苑寺から嵯峨野に向かう方向に小山がある。 その小山から一人の大学生が薄ら笑いをして、燃え上がる金閣寺をうっとりと見ながら小さく呟いた。 昭和二十五年。京都浄土真宗大谷派の大学の学生であった平岡雄仁(おひと)は金閣寺に放火したのだ。 小さい時から劣等感の塊であった雄仁は背が低く、細く、青白い顔色の病弱で吃音(きつおん)のはげしい子供だった。 その劣等感を何とか克服したいと必死に勉学に励み、東京大学文学部に入学したが、他の学生とそりが合わず、退学して仏教の大谷大学に入り直したのだ。 その頃から、ボディービルジムや空手道場に通う傍ら、仏教の教えに魅了されていった。 しかし大谷大学は他力本願の浄土真宗で、自力で劣等感を克服してきた雄仁には受け容れがたいものだった。 やがて自力本願の禅宗に関心を持ち始め、臨済宗の総本山である南禅寺によく修行に行っては禅定に励んでいた。 金閣寺の名で有名な鹿苑寺が臨済宗の寺であると知った雄仁は、鹿苑寺にもよく出かけ、その舎利殿の金閣に魅了された。 舎利殿の金閣は、その前にある池から何時間眺めていても飽きなかった。 『この前に立つと、何かが自分に語りかけてくる』 雄仁と金閣の塔との最初の出会いはまるで恋人同士になる男女の出逢いの風だと、雄仁は本当に思ったのだった。 燃えさかる金閣の塔を見ていた雄仁の右手には、古い刀が鞘を抜いたままでぶらさがっていた。 雄仁がそれに気づくのには数時間かかった。 それほどに金閣の塔が燃え尽きるのには時間がかかったのである。 「君は、平岡雄仁か?」 一人の警察官が雄仁に声をかけた。 |