第十章(Part 1) 奉行人・奉公衆の威力

細川頼之を追放し、斯波義将を管領に復帰させた義満は御家人を信用していなかった。
詰まるところ自分の家第一で、幕府第一とは誰も思っていないことを、義満は女人に溺れ、管領に政事を任せている間に女人から教わったのである。
男は如何なる身分でも、それ以上のものを常に望む動物であることを女人達は体で知っていた。
まだ元服もしていなかった春王の時から貞子や他の女人と情を交わすことで、自分と同じ男の性を知ってしまった。
「男というものは、たとえ帝であっても欲は尽きないもので、肉欲と権力欲は裏表の関係でありますぞ。女は肉欲の対象とされ、権力欲の道具として使われる哀しい動物であります。どうかお忘れなきように」
貞子から口酸っぱく言われてきたことだ。
貞子は後光厳天皇の寵愛を受けていたが、春王という天狗の化け物が登場すると、我が子の時代になった時のことを考えた帝は貞子を春王に与えたのである。
それが仇になるとは先帝も思っていなかった。
女が男の気持ちを測ることが出来ないように、男は女の気持ちを測ることは出来ない。
貞子は、相手が帝であろうが、その瞬間(とき)に情を交わした男に全てを与えることを、男である帝には理解出来なかった。これは男と女の永遠に埋めることの出来ない溝なのである。
権力を持つ男の性を嫌という程教えられた春王は、三代将軍になっても若年だということもあって、権力に全く関心を持たなかった。
男の権力欲の醜さを知っていたためであり、まだそれを吸収するだけ男として成熟していなかったからである。
御家人どころか義満は我が子たちも、腹の底では信用していなかったようである。
嫡男義持を将軍にはしたが、院政を引き、一方で次男義嗣を寵愛した振りをしていたことでも分かる。
義嗣の元服式を天皇の内裏で挙げるという前代未聞の天皇家侮辱を平然とやってのけた。
義満の絶大なる権力は管領頼之を追放した時から始まった。
生まれもっての天性か、権力の本質を知り抜いていたのか、義満はまず近衛軍の設置をした。
奉行人という将軍直属の文人と、奉公衆という将軍直属の軍人を掌握したのである。
現代世界で言えば、アメリカ合衆国の大統領がそうであり、戦前の昭和天皇が国家の大権と軍隊の統帥権を持っているのと同じである。
そうなれば現人神になれるのである。
義満の女人遊びは決して無駄ではなかった。