第二章(Part 2) 母の自殺

燃えている金閣寺を見下ろす小山で刑事に詰問された時、雄仁は覚悟を決めていたし、自分では精神も正常だったと思っていた。
ところが、北山警察に連行されて尋問を受けている最中に、母のハナが山陰線に投身自殺したことを知らされた雄仁の精神は切れてしまった。
それまで必死に切れそうになる神経を繋いでいた彼の精神力が、その時点で尽きてしまったのだ。
見る見るうちに雄仁の表情が空ろになっていく様子を見て、刑事は詰問を取り止め、すぐに伏見の精神病院に移動させた。
「僕の刀はどこにいったんだ?返してくれ!早く返してくれ!気が変になりそうだ!」
病院で叫ぶ雄仁を見た医者は刑事に言った。
「もう完全に気が狂れていますね。これ以上の尋問は医者の立場から容認出来ません。すぐに病棟に移します!」
刑事の名前は平野洋介と言って、伏見警察の刑事一課に所属している。
「先生。奴が言っている刀というのはこれのことです」
洋介は薄気味悪い一本の刀を医者の前に差し出した。
「彼が返して欲しいと言ってる刀ですね。返してやってくれませんか?」
医者は世間知らずが多いと聞いていたが、さすがの洋介も驚いた。
「先生。気が狂れた人間に凶器を渡せと言うんですか?それは無理な話です」
医者の言うことだから、ある程度は聞く耳を持つ洋介だったが、さすがにこの話だけは断った。
「彼は暴力性精神障害ではないから心配いりません!」
『何で、心配ないなんて言えるんだ!この先生も精神障害を来してのではないか!』
内心思った洋介は、便所に行くと言って、院長の部屋に入って行った。
「院長。あの先生は、ちょっとおかしいですな。自分も患者になった方がいいのではと思いましたよ・・・」
洋介の話を聞いた院長は真面目な顔をして言った。
「刑事さん。麻生先生は日本有数の精神科の名医ですよ」
院長の話では、麻生鎮(まもる)は京都大学医学部精神科を主席で卒業した三十二歳の医者だが、精神科医としては既に世界の権威らしい。
「麻生先生が、そう言ってるんだったら、刀をその患者に渡してやったらどうですか?」
院長まで言うならと洋介は決断して、麻生のところへ戻った。
「分かりました、先生。刀を奴に渡しましょう」