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第二十五章(Part 2) 糺の森 大徳寺の総見院に行く前に教授は、下鴨神社の糺(ただす)の森に行こうと雄仁を誘った。 「糺という字を書いて“ただす”と読むのですか。知りませんでした」 「ただすという言葉はその音の通り、間違ったことを正しくするの“ただす”から来ているが、昔の人は、状況に応じていろいろな字を使っていたんだ。我々はただすという音からは正しいの“正”しか使っていないが、それ以外に質(ただ)す、糾(ただ)す、そして糺(ただ)す。これだけの字があるんだ。 正の正すは改めると意味合いがある。質の質すは是々非々を問う、糾の糾すは間違ったことを責めるという、そして糺の糺すは道理・真理を明らかにするという意味がある」 雄仁はさすがに東京大学の国文学の教授だけのことはあると感心した。 「それじゃ、下鴨神社にある糺の森というところは、真理を教えてくれる森なんですか?」 雄仁はちょっと意地悪な質問をしてみた。 「まあ、そういうことだな」 淡々と答えた教授に拍子抜けして、黙っていると、 「糺の池というのが、太秦の木嶋坐天照御魂(このしまにますあまてるみたま)神社の境内にあるんだが、ここは神社と言ってもキリスト教を信じた人たちが造った神社なんだ。 そこに有名な三柱鳥居という変わった三本柱の鳥居が池の中にあるんだ。この鳥居の中心から湧き水が出て、満々と池を潤している。この池が糺の池と呼ばれていて、洗礼の池だったらしい」 雄仁はますます訳が分からなくなってきた。 「どうして神社がキリスト教や洗礼の池と関係があるのですか?」 我が意を得たりとばかりに教授の口は滑らかになっていった。 「平岡君。京都に魅せられたんだったら、こんなことぐらい知っていないと、薄っぺらな好奇心だけだと思われるよ」 「ガツン」と金槌で頭を思い切り殴られたようなショックだった。 「この町には謎がいっぱいある。それの一つをまず君に紹介してあげようと思ってね」 川端通りを真っ直ぐ北に上がったところに下鴨神社があった。 雄仁は、その中に入るのが怖くなってきた。 |