第二十七章(Part 1) 謀略

日野資康は武家伝奏の職を利用して、内裏の側近にそっと耳打ちした。
「三条さまのお腹のお子は、准三后殿の種であるそうな」
元々、二人の噂は洛中では常識であっただけに、側近は上皇がせっかく上機嫌な状態を壊すことを憚ったが、人の心というものは不可思議なものだ。
言えないと思えば思うほど、言いたい衝動に駆られる。
一人の側近が我慢出来ずに、他の側近に一言洩らした。
「そんなことが治天の君に知れたら大事でござる。決して他言は為さらぬように」
そう言って、もう翌日には別の側近に言っている。
噂が上皇の耳に入る前に三条厳子に入っておれば、厳子は身を以って後円融に身の潔白を示すことが出来たのだが、皮肉な運命はそれを許さなかった。
たまたま厳子が三条家の実家に体を休めに帰っている間に、側近から上皇の耳に入った。
突然、頭上に雷が落ちたショックを受けた後円融だったが以前のような動揺を示さなかった。
まだ厳子を信じたかったのだ。
上皇は静かな口調で側近に言った。
「厳子は、いまいずこにおる?」
「はい。三条家の実家に戻っておられます」
頬をひきつらせながら更に言った。
「准三后は、いまいずこじゃ?」
「はい。風邪をひかれておられるとかで、室町弟におられるとか」
少し柔和な顔になった上皇は言った。
「それでは、おことが准三后のところに見舞いにいきなされ。今すぐにじゃ!」
命ぜられた側近は、すぐに室町弟の義満に引見を申し入れた。
義満は居たにも拘らず、家来の者に返事をさせ追い返した。
「准三后様は、今三条家の厳子様のところに行っておられる」
その返事を受けた側近は、「一大事!」と内裏に戻って、事の仔細を上皇に奏聞した。
上皇は黙って頷いただけであった。