第三十五章  母親ハナの前世

昭和24年4月。平岡雄仁は大谷大学文学部日本史科に編入した。
橿原教授も京都大学文学部教授として迎えられた。
教授は雄仁を自分の手元に置いておきたかったが、彼を大谷大学が受け入れてくれなかった。
大谷大学が天下の東京大学教授を受け入れる器を持っていなかったのだ。
しかし、下宿は教授の実家の都屋旅館にすることが出来たので、橿原教授も安心していた。
雄仁は、東京大学から大谷大学に編入したことを母親には黙っていたが、仕送り先が変わるので、木次の実家に手紙を送った。
手紙を送ってから十日後に、母親のハナは京都の都屋旅館に訪ねて来た。
「すみません。わたくし、こちらにお世話になっている平岡雄仁の母です」
たまたま玄関でお客の見送りをしていた、教授の母親で女将のフミが居合わせて、「雄仁はんの、おかあはんですか。わたしはここの女将でフミと申します。どうぞお上がりになって。息子も雄仁はんも、まだ帰ってやおへん。上がってお待ちを」
ハナは緊張して言葉も出なかった。
島根にも三朝や皆生(かいけ)温泉という名泉があるが、何百年の伝統と歴史を誇る京都の旅館に圧倒されていたのだ。
「何時頃に雄仁は戻って来るでしょうか?」
小さな声でハナが尋ねた。
「多分5時ぐらいに帰って来なはると思います」
ハナは少し考えてからフミに言った。
「それじゃ、その頃にもう一度伺います」
女将は慌てて、どこに行くかを訊いた。
「この近くの銀閣寺なら、ちょうど時間潰しになりますので」
一礼して店を出たハナは、百万遍の交差点から銀閣寺に足を向けた。
銀閣寺は別称で、正式には慈照寺と言い、室町幕府第八代将軍足利義政(よしまさ)が建立した臨済宗の寺である。
義満の第三子で青蓮院門跡であった義円が、くじ引きで急遽還俗して将軍になったのが義教で、その次男が義政である。応仁の乱を実質上引き起こし、戦国の世にした将軍だ。
ハナは華やかな金閣寺よりも、地味だが趣のある銀閣寺に興味を引かれて、行ってみることにしたのだ。
銀閣寺の門前に立ったハナは何か思いに耽っている様子だったが、すぐに中に入って観音殿に向かって歩いて行った。
金閣寺の舎利殿と比較され、銀閣寺と呼ばれる所以がこの観音殿だ。
金閣寺の舎利殿に比べて地味な観音殿は、まさしく父である六代将軍義教、そして祖父である義満が暗殺された因縁を担いで生きてきた義政の虚無感がよく顕れている。
義政が後円融の后・厳子のことを気の毒に思って観音殿を建立したのが真相である。
密通の相手であった祖父の義満の野望に翻弄された女御を哀れむ優しさを義政は持っていた。
まだ幼い子の義尚に将軍の座を譲って隠居したお陰で、戦国の世を招く応仁の乱を引き起こした。
義政は、祖父・義満の悪行三昧を疎ましく思い、義政の叔父である四代将軍義持と同じように天皇家に同情した。
義満の罠にはまって厳子は、後円融の峰打ちの目に遭い、後円融はその後若くして死に、厳子は密通の皇后として後代まで悪女扱いされる不運の女性であった。
ハナが観音殿に入ろうとすると、若い僧が止めに入った。
しかしハナを見た住持は若い僧を止めて、ハナの好きなままにさせた。
若い僧は一体どういう女なのかと訝ったが、住持は黙って観音殿に入って行った。
観音殿は二重の塔になっていて、下層は参禅の間で、上層が潮音閣と言って観音を祀っている。
ハナは上層に上がって行き、そして観音像に向かってぼっと座っていた。
「三条厳子殿が来られたか!」
住持の声にハナは静かに答えた。
「准三后殿は大天狗じゃ!わらわを辱め、わらわの帝をも辱め殺された憎っくきお方じゃ。その復讐をするためにやって来た!」
「帝は深草坊町の御骨堂に眠っておられるはずじゃが」
住持が言うと、ハナは笑って、「わらわの帝は、いますぐそこにおられる。既に今世でわれらは結ばれたのじゃ。ははは・・は!」
慈照寺の住持は、「これは大変なことが起こりそうだ!」と身震いした。