|
第三十六章 2年ぶりと555年ぶり 住持に見送られて、ハナは慈照寺を出て行った。 「後円融様の生まれ代わりのお方は、どこにおられるのであろうか。 色即是空(しきそくぜくう) 空即是色(くうそくぜしき) 得阿耨多羅三貌三菩提故(とくあのくたらさんみゃくさんぼだいこ)、 知般若波羅蜜多(ちはんにゃはらみった) 羯諦羯諦(ぎゃていぎゃてい)、波羅羯諦(はらぎゃてい)、 波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい)、菩提薩婆訶(ぼじそわか)」 ハナの後ろ姿を眺めながら住持はお経を唱えるだけだった。 再び都屋旅館に戻ったハナが、玄関前で雄仁が待っているのに気がついた途端、 我が子供に会う喜びではなく、愛する男に会う時の胸の高鳴りを感じたが罪意識などまったくなかった。 ハナの表情でそのことを悟った雄仁はたじろいだ。 二人の様子を眺めていた教授は、『この親子には、細くて強靭な魔力の糸で繋がれた絆がある』と感じた。 「雄仁君のお母さんですか?わたしは橿原と申します・・・」 教授の自己紹介に反応しなかったハナを見て、「平岡君は、ほとんど手紙を書いていないな。僕の名前すら、この人は知らない・・・」と呟いた。 雄仁は、2年ぶりに母親との再会をしたつもりであったが、ハナは555年ぶりの再会と思っていた。 その夜、教授の母である女将は気を遣って、二人の寝室を同じ部屋にした。 「おかあはん!なんで別々の部屋にしないんや!男と女やないか!」 真面目な顔をして怒る息子の表情を見て、女将は笑っていいのか、怒っていいのか途方に暮れた。 「あんさん、何を言うてはんねん!母子やないの?」 よく考えてみればそうだ。 『しかし、何がなんでも避けなければ・・・』 教授の心の中に鬼が入り込んだが、本人は全く気づいていなかった。 今度は教授の母親である女将が何かを感じた。 女の直感は恐るべき力を持っている。 ハナと女将、二人の女の勘がするどく火花を散らした。 その瞬間、ハナは正気に戻った。 |