第三十八章  緒仁・春王同居

教授と源春雄が都屋旅館に戻ると、ハナと雄仁は朝食を一緒にするため、教授の帰りを待っていた。
春雄と一緒に帰って来た教授を見て、雄仁は内心吃驚したが、表情に出さなかった。
「お母さん、源春雄君だ。よろしく頼むよ」
女将は、何を頼まれたのか意味が解らなかった。
座膳を挟んで向い合わせに座った雄仁と春雄は黙っていたが、春雄の方から話しかけた。
「どこの大学に行っておられるのですか?」
雄仁は、理由はわからないが、春雄に初めて会った時から引っ掛かりを感じていたので、答えるのもぎくしゃくしていた。
「大谷大学です」とだけ答えた。
春雄は、さっぱりした態度で雄仁と話していた。
人間というものは、独りの時は自分の気持ちがわからない。
相手がいて、自分を映しだす鏡になってくれて、はじめてわかる。
春雄は雄仁に心を開いているから、いくら雄仁が心を閉じていても、雄仁の鏡に映し出された自分のことがよくわかる。
一方、雄仁は、春雄が心の鏡を開いてくれていても、映しだす自分の像を閉じてしまっているから鏡に映るはずがない。
座膳の主席に座った教授が、朝食を始める前に一言話した。
「ここにいるのは、龍谷大学の源春雄君です。今日から、平岡雄仁君と一緒にここで下宿生活をすることになりました」
教授の話しを聞いた春雄はびっくりして、「そんな!」と叫んだ。
「まあ、いいから僕に任せておき給え」
教授は、春雄の言葉を遮って言った
「大谷大学の平岡雄仁君と、龍谷大学の源春雄君が、京都大学の橿原教授に挟まれて、一緒に暮らすことは実に有意義なことだと思っています」
雄仁は、何が一体有意義なのか、さっぱり解らなかった。
「とにかく、これから学校は違っても、仲良くやってくれ給え」
橿原教授一人だけが、上機嫌で笑っていた。
雄仁は、何が何だか、まったく理解できないままでいた。