第四十一章  再び金閣寺へ

大谷大学での学生生活にも慣れてきた雄仁は、近くにある南禅寺の別院の一つである金地院の狩野探幽の襖絵を見に行った。
南禅寺は臨済宗の総本山。
金地院は第四代将軍・足利義持が建立した寺であり、東照権現になった徳川家康の遺髪が保存されてある寺院だ。
その話を聞いた雄仁は、足利義満の子で四代将軍になりながら、父・義満の遺訓を無視して天皇家の権威を復活させた義持と、東照大権現・徳川家康との関りをどうしても知りたかったのだ。
仙洞御所が家康の孫・家光によって復活され、武家の総檀家である臨済宗の総本山に東照権現としての遺髪が大事に遺されている。
金閣寺に魅せられた雄仁だが、鹿苑寺が正式名である臨済宗の一院の存在でしかない金閣寺。
金地院の中に入った雄仁は、禅寺の風情を偲ばせる古い寺であり、有名な襖絵のある部屋を背にして、枯山水の庭園を眺めていた。
禅寺の庭園は、石と砂と枯れ木の組み合せで、ものの哀れを表すのが特徴で、金地院の枯山水の庭園も、さすがに竜安寺の石庭を凌ぐ風情があった。
大谷大学は浄土真宗系であり、浄土真宗は他力本願の元祖であり、禅宗は自力本願で教義の基本からしてまったく正反対の仏教だ。
京都に何故こだわったのか、最初は、金閣寺に魅了されたと思った雄仁だったが、金地院の庭園を眺めている内に、自己の前世に気づかされたハナの言葉が蘇ってくるのだった。
『よし、金閣寺に行こう!』
雄仁は決心した。