第四十二章  修行僧・雲円融

金閣寺の正門に着いた雄仁が、護衛官に雲西和尚への面談を申し入れすると、護衛官は雄仁のことを憶えていて、唐門まで雄仁を案内し、雲西和尚に繋ぐまで、待ってくれるように丁寧に対応してくれた。
「平岡雄仁さんでしょう?雲西和尚から、必ずあなたがやってくるから、その折はすぐに連絡するようにとの達しがあったのですよ。ちょっとここで待っていてください」
そう言って、護衛官は走っていった。
前回と同じ若い僧が、今度は慌てて出て来た。
「やっと来てくれたのですね。雲西和尚がいつ来るのか、いつ来るのかとヤキモキされていました。さあどうぞ」
金閣寺垣を上り、左に安民沢(あんみんたく)の池を横目にしながら、夕佳亭(せっかてい)の茶室に案内された。
前回は、緊張して体が震えていた雄仁だったが、今回は不思議にゆとりがあった。
若い僧は、茶室の前まで案内したら、すぐに引き返して行った。
茶室の障子に手をかけながら、「失礼します」と言って開けた。
その瞬間、「喝!」という大声が室内から発せられた。
雄仁はそれでも驚かず、もう一度「失礼します」と言って、背中を向けて座っている雲西和尚の後ろに座った。
雄仁が後ろに座った気配を感じた和尚は、振り返って、「ニタッ」と笑って、「よく来られたのう。まずはお茶を一服立てて進ぜよう」と言って、茶釜の前に座りなおした。
雄仁は、雲西和尚が違い棚のある床の間に向かって座ったのに対して、和尚の右側を正面に据えるようにして正座した。
「おお!若いのに、行儀作法を心得ておられるな・・・」
立てたお茶を、右側に控えている雄仁に差し出すと、雄仁は膝を畳にこすりながら、前へ進み、お茶を右手で取りあげた。
元の席まで下がり、何も言わずに、一気に飲み干し、「ありがとう、ございました」と礼を言った。
「修行に来たのであろう?」
雲西和尚は言った。
「はい、その通りでございます」
答える雄仁に、一枚の半紙を開いて見せた。
「雲円融」と書いてあった。
「これが、そなたの修行僧としての名である」
雄仁は、深々と頭を下げて、「よろしくお願いいたします」と言った。
雲円融という僧名を貰った雄仁は、従来の姓名である平岡雄仁(おひと)から、平岡円融(えんゆう)と改名した。
「平岡君。金閣寺の修行僧になって雲円融という僧名を賜ったそうだね。大学と両立出来るのかい?」
橿原教授が心配そうに訊いてきた。横に春雄もいた。
最近、教授と春雄は、殆ど一緒にいる。
雄仁も二人の関係の異常さが気になっていた。
春雄の振る舞いは普通で、雄仁にも他の者と同じであったが、母のハナがやって来た頃から教授の様子が急変した。
春雄が都屋にやって来たのも、ちょうどその頃であった。
「何とかやって行けると思います。雲西和尚も、通いの修行僧でいいと言ってくれましたので・・・」
その話を聞いた春雄は、目の色を変えて雄仁に尋ねた。
「僕も、その通いの修行僧にしてもらえないでしょうか?もしそれが駄目なら、大学を辞めても構いません!」
春雄の思いもよらない発言に、教授も雄仁も驚いた。
春雄の実家は鎌倉で、鶴岡八幡宮の傍で母親が土産物屋を一人でやっている。父親は三年前に他界した。
鎌倉の高校を卒業した春雄は、源氏のルーツがある京都に行きたいと、母一人子一人だったのに、母親を説得したのだ。
「源君!何てことを言うんだ!そんなこと鎌倉のお母さんが納得するわけないだろう!」
教授の顔色は変わっていた。
「いえ!そんなことないと思います。源氏は臨済宗で、今も源家は臨済宗の檀家ですから、真宗の龍谷大学にいる方が不自然なんです。金閣寺は臨済宗の寺ですから、別におかしいことはないと思います」
教授の顔色が青から赤く変わり、怒りの表情になっていくのを、雄仁と春雄は奇異な感じで捉えていた。
春雄の決意は固かった。
二人の大学生が、修行僧になろうとしていた。