第五十章  前世の意識

平岡雄仁が京都の大徳寺と金閣寺を訪問して以来、六百年の時の流れが逆転したように、金閣寺を中心に、人間の情念の凄みを彷彿させる、絡んだ糸がたぐられるような因縁の前世が勢揃いした。
六百年前には、義満の人間離れした情念が、周りの人間の一生を振り回した。
その原因は、結局は男と女の織りなす情念であった。
皇位を纂奪する貪欲さも、必死に皇位を守ろうとする執着もすべては、底無し沼のような男女の情念の深さ故であった。
それだけの男女の情念を抱えた人間が、禁欲の世界の仏道に帰依したのは、まさに因果応報というのだろうか。
特に女の情念の深さは、男を時には虜にし、時には自らを燃焼し尽くしてしまうような執着心を持たせる。
貞子と厳子という姉妹が、時の天皇と将軍という権威と権力の象徴を虜にしたことが、男が一番熱望する力への執着心として目覚めさせ、腕力での戦いではなく、陰湿な政治力での戦いとなって顕れた。
貞子の今世の転生が雲西和尚に、そして厳子が島根の木次に住む平岡雄仁の母ハナのみならず、大徳寺の鹿覚和尚にも転生していたのである。
雄仁が大徳寺に引き寄せられるように、鹿覚和尚に面談を申し入れした。
後円融天皇とその后三条厳子との出会いであったのだが、皮肉にも前世と逆で、厳子が、貞子こと雲西和尚に引き合わせた一方で、春王こと源春雄が、雄仁によって雲西和尚を紹介された。
後円融が義満に貞子を紹介したとは、何と皮肉なことであろうか。
まるで、六百年前のどんでん返しではないか。
そして天皇家を乗っ取ろうとした義満と、乗っ取られまいと必死に抵抗する後円融に止めを刺した皇后・三条厳子が、今世で二人の人間に同時転生したのは、性に対する人間の執着の強さと言えるのかも知れない。
これを偶然と捉えるか、必然と捉えるか。
女は偶然と捉えるが、男は必然と捉える。
それがまた男女の永遠の暗い深淵なのかも知れない。
果たして、貞子こと雲西は、春王こと春雄と、緒仁こと雄仁をいかに導いて行くのであろうか。
また鹿覚は、彼ら三つ巴に、いかに絡んで行くのであろうか。
成人なった足利義満こと橿原公威は、今世での仕上げをいかにするべきと考えているのだろうか。
峰打ちというリンチを後円融から受けた厳子。
平岡雄仁が近親相姦の対象が自分の母ハナという形で顕れた因縁が、鹿覚にどう引き継がれていくのであろうか。
意識下と無意識下の狭間で、彼ら前世のしがらみが、金閣寺を中心に新しい展開を創出し、思わぬ結果が待ち受けているのである。

天狗の梯子 第一部「六百年の魂の叫び」−終り−