第八章(Part 2) 美との邂逅

母のハナと不幸な出来事の中での成り行きとは言え、犯してはならない事をした雄仁は米子市内で下宿することになった。
米子中学は島根一帯では名門校で、一高から東京帝国大学か三高から京都大学を目指す若者が多かった。
米子中学では秀才で名を馳せた雄仁だが、人気はあまりなかった。
近くの女学校の女子からは米子中学の秀才であれば、先は一高・東大か三高・京大間違いなしで、末は高級役人になって日本の国をリードする出世街道を歩くものと思われていた。
しかし、雄仁はまったく女学生から人気がなかった。
本人も気にしていたが、ある日、学校の帰りに女学生のグループと出会った時に、その理由が分かったのだ。
「あれ、米子のチビ秀才さんよ。それにしても本当に小さいこと、チビとはよく言ったものだわ」と言って大笑いしているのを聞いたのだ。
その時のショックは、母親が手篭めにされた以上のものだった。
雄仁はしばらく勉強もする気が起こらず、下宿から一歩も出ずに考えに耽る日が多くなった。
倉吉で美術展が催されていると下宿のおばさんに聞いた雄仁は、何気なく行ってみようと思って倉吉行きの汽車に乗った。
それが雄仁の繊細な美的感性に火をつけたのだ。
倉吉美術館では日本画展が催されていて、富士山や山陰富士と言われる大山の絵もあった。
雄仁が久しぶりに気持ちが高揚する中で運命の絵と出会うのであった。
眼前に眩しく輝く三重の塔を雄仁は初めて見た。
それが金閣寺であることを雄仁はまだ知らなかった。
『金閣寺というのか。美しい塔だな!』
雄仁が何かに美しいと感じたことは、この時が初めてであった。
男が最初に経験する美的感覚の対象は、同じ人間の女性であるのが殆どである。それが淡い初恋の思い出として一生残る。
雄仁にはその経験が中学生になってもなかった。
女性との初めての関わりが聖域である母親であったことが、その後の彼の女性観と美意識に異常な鋭敏さと残虐性を植え付けたのである。