第一章 宇宙

『宇宙』とは。
広義では、あらゆる存在物を包含する無限の空間と時間の広がり、哲学では、秩序ある統一体と考えられる世界、物理学では、存在し得る限りのすべての物質および放射を含む空間、天文学では、あらゆる天体の存在する空間、銀河系外星雲を小宇宙、それらを包含する空間を大宇宙、太陽系空間のことを特に宇宙空間と言う。
中国を初めて統一した秦の滅亡後、楚の項羽を破った劉邦が建国した前漢時代の紀元前三世紀に書かれた哲学書である、『淮南子(えなんじ)』斉俗訓によれば、『宇』は天地四方の空間を、『宙』は古往今来の時間を意味する時空間のこととなる。
『宇大(うだい)』とも言い、『八紘(はっこう)一宇』とも言い、『世界』とも言い、『森羅万象』とも言い、そして『万有』とも言う。
ニュートンが発見した『万有引力の法則』とはまさしく『宇宙の法則』と言えるだろう。
だが、我々が『宇宙』と考えてきた『万有の世界』が実は映像に過ぎなかったとするなら、何とするだろうか。
映像宇宙があるなら、実体宇宙がある筈だ。
映像と実体の関係についての視点に変えてみると、映像宇宙と実体宇宙の関係が見えてくる筈である。
我々は映画を見る。
我々が見る映画とは、白いスクリーンに映っている動画面(Animation)に音声が加わったものである。
我々が『宇宙』と呼んでいる、『運動の光と音の宇宙』とまったく同じだ。
白いスクリーンに映っている動画面(Animation)と音声は、我々鑑賞者の背後にある映写室から送られたものであり、映写室では映画フィルムが回っているだけである。
映画フィルムとは一枚一枚のスナップ写真を重ね合わせた静止画フィルムのことであり、フィルムの端に音声テープを繋ぎ合わせたものだ。
映写フィルムを映写機で回すと、白いスクリーンに動画面(Animation)が映り、スピーカーから音声テープが再現されるが、鑑賞者である我々は、白いスクリーンに映った動画面(Animation)を見て、スピーカーから発せられた音を聞いて、「現実」だと錯覚して感情移入する。
我々が『宇宙』と呼んでいる、『運動の光と音の宇宙』を見て、聞いて、「現実」だと錯覚して感情移入するのと同じである。
それでは映写室にある映写機と映画フィルムは一体何処にあるのだろうか。
『静止宇宙』とはまさしく映写機と映写フィルムが在る映写室に違いない。
これからその映写室に入って行こう。