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第二十七章 正しい『ふたつの宇宙』観 我々人間は間違った『ひとつの宇宙』観で生きている。 「生は好くて、死は悪い」・「オスは好くて、メスは悪い」・「善は好くて、悪は悪い」・「強は好くて、弱は悪い」・「賢は好くて、愚は悪い」・「富は好くて、貧は悪い」・「幸福は好くて、不幸は悪い」・「天国は好くて、地獄は悪い」・・・「健康は好くて、病気は悪い」・「神は好くて、悪魔は悪い」といった「好いとこ取りの相対一元論(相対性理論)」の「考え方」で生きている。 従って、 間違った『ひとつの宇宙』観とは、「生は好くて、死は悪い」・「オスは好くて、メスは悪い」・「善は好くて、悪は悪い」・「強は好くて、弱は悪い」・「賢は好くて、愚は悪い」・「富は好くて、貧は悪い」・「幸福は好くて、不幸は悪い」・「天国は好くて、地獄は悪い」・・・「健康は好くて、病気は悪い」・「神は好くて、悪魔は悪い」といった「好いとこ取りの相対一元論(相対性理論)」の「考え方」に外ならない。 例えば、 生死二元と区分けする生き方は『ふたつの宇宙』観だ。 有知性の生き物である我々人間の「在り方」である。 生死一元とする生き方は『ひとつの宇宙』観だ。 無知性の他の生き物の「在り方」である。 ところが、 我々人間は間違った『ひとつの宇宙』観で生きている。 有知性の生き物である我々人間の「考え方」である。 つまり、 「生は好くて、死は悪い」とする「考え方」だ。 結局の処、 我々人間は、間違った『ひとつの宇宙』観から正しい『ふたつの宇宙』観に先ず立ち帰らなければならない。 つまり、 相対性理論から絶対・相対性理論に立ち帰ることである。 つまり、 「生・死二元」は表裏一体の補完要因であることを理解することである。 |