第二十章 七の法則

三の法則が「運動のはじまり」の法則であり、二元論が「運動のあいだ」の法則であるとするなら、七の法則は「運動のおわり」の法則である。
「はじめ」があって、「おわり」があるなら、「あいだ」が必ずある。
運動の法則の鉄則だ。
「はじめ」なくして運動は起こり得ないし、「おわり」なくしても運動が起こり得ないなら、「あいだ」が必ずある。
映画は、「はじめ」なくして始まらないし、「おわり」なくして終わらないから、「あいだ」の映画がある。
当たり前のように思いがちだが、運動の宇宙だけに通じる常識だ。
静止の宇宙は、「はじめ」もなければ「おわり」もない。
映画を上映する映写室は、「はじめ」もなければ「おわり」もない。
映写機を回し、光を点灯し、音を再生して、映写室の外にある劇場のスクリーンに「はじめ」と「おわり」がある映画を上映する。
一回目の上映が終わると、映写室では(静止画)フィルムを巻き戻す作業をして、二日目の上映のスタンバイをする。
一日24時間無休であり、一年365日無休である。
映写室にとっては、「はじめ」もなければ「おわり」もなく、「あいだ」の永遠の上映を続けるのが当たり前なのだ。
静止の宇宙にとっては、「はじめ」もなければ「おわり」もなく、「あいだ」の永遠が当たり前なのだ。
運動の宇宙は映像宇宙であり、実在宇宙である静止の宇宙なくして起こり得ない。
実在宇宙である静止の宇宙が「はじめ」もなく「おわり」もないのに、運動の宇宙である映像宇宙が「はじめ」と「おわり」があっては、一回限りの上映になってしまって立場がない。
「はじめ」もなく「おわり」もない「あいだ」の永遠の実在宇宙である静止の宇宙に模倣して、「はじめ」もなく「おわり」もない「あいだ」の永遠の映像宇宙にしなければならない。
「はじめ」があり、「あいだ」があり、「おわり」があるが、「おわり」が「はじめ」に戻る。
円回帰運動だ。
一回目の上映が終わると、映写室では(静止画)フィルムを巻き戻す作業をして、二日目の上映のスタンバイをする。
円回帰運動だ。
(静止画)フィルムを巻き戻す作業こそが七の法則(オクターブの法則)だ。
円回帰運動とは七の法則(オクターブの法則)に外ならない。
七の法則(オクターブの法則)とは音階の法則だ。
ド・シ・ラ・ソ・ファ・ミ・レそして再びドに戻る。
七の法則=オクターブ(八段階の法則)だ。
ドとシの「あいだ」と、ファとミの「あいだ」が半音になっていることで再びドに戻ることができる。
「はじめ」があり、「あいだ」があり、「おわり」があるが、「おわり」が「はじめ」に戻る。
円回帰運動だ。
「無限」・「永遠」・「果てしない」といった言葉は、実在宇宙である静止の宇宙に相応しいが、映像宇宙である運動の宇宙でも相応しくするためには、七の法則(オクターブの法則)が要る。
『運動の光と音の宇宙』である我々の運動宇宙が無限(運動)のリーマン空間、つまり、球体空間である所以である。