第二十七章 時刻

映画は場面が変化する。
撮影する際のカットが場面の変化の原因である。
静止画フィルムの連続性が途絶えるポイントである。
映像宇宙の特性がこの点にある。
実在宇宙は場面が決して変化しない。
何故なら実在宇宙は常に全体観だからである。
場面が変化するのは部分観だからだ。
運動するとは部分観である証明だ。
静止するとは全体観である証明だ。
変化するとは、運動しているということであり、部分観であるということであり、映像であるという証明だ。
変化しないということは、静止しているということであり、全体観であるということであり、実在であるという証明だ。
我々一人ひとりの世界観(場面)は常に変化している部分観であり、映像である。
場面が刻一刻と変化する映画とまったく同じだ。
映画撮影におけるカット行為こそ空間をカットすることによって生じる時間の概念の誕生だ。
時を刻むとは実在宇宙をカットする行為であり、時間の概念とは映像宇宙を創造(想像)する上での要件だ。
時を刻むとは静止宇宙をカットする行為であり、時間の概念とは運動宇宙を創造(想像)する上での要件だ。
時を刻むとは絶対宇宙をカットする行為であり、時間の概念とは相対宇宙を創造(想像)する上での要件だ。
時を刻むとは『静止の暗闇と沈黙の宇宙』をカットする行為であり、時間の概念とは『運動の光と音の宇宙』を創造(想像)する上での要件だ。