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第三十二章 現実(reality) 時間が流れているということは映写フィルム(静止画フィルム)が回り続けているということに外ならない。 時間の概念を持って生きている我々人間の世界は映像の世界だ。 時間の概念を持っていない他の生き物の世界は実在の世界だ。 人間も他の生き物も同じ世界に存在していると、我々は思い込んでいる。 時間の概念を持って生きている我々人間の映像世界は水平世界だ。 時間の概念を持っていない他の生き物の実在世界は垂直世界だ。 水平世界の時間の概念こそが我々人間が時間と思い込んでいる実時間(real time)のことだ。 垂直世界の静止している時間こそが虚時間(imaginary time)のことだ。 鑑賞席の後側の映写室に在る(実在する)一枚一枚の映写フィルム(静止画フィルム)と、鑑賞席の前側のスクリーンに映る映像の関係こそが、実時間と虚時間の関係を表している。 (実)時間(real time)の概念を持っている我々人間は、鑑賞席の前側のスクリーンに映っている映像に感情移入して「現実(reality)」と思っている。 「現実(reality)」とは映像(image)を実在(substance)と勘違いした概念に過ぎない。 「現実(reality)」という映像世界の概念が「現在(present)」という実時間(real time)の一概念である。 スクリーンに映っている「現実=現在」という映像の正体は、映写機のレンズの前を正に(『今、ここ』)通り過ぎている一枚の映写フィルム(静止画フィルム)だ。 映写機のレンズを通り過ぎた映写フィルム(静止画フィルム)が映した映像が「過去(past)」という実時間(real time)の一概念である。 映写機のレンズを未だ通り過ぎていない映写フィルム(静止画フィルム)が映そうとしている映像が「未来(future)」という実時間(real time)の一概念である。 実時間(real time)という概念の世界だけに、「過去(past)」・「現在(present)」・「未来(future)」という三つの時間が誕生した根拠である。 映写フィルムは映写機のレンズの前で止まっているのではなく、通り過ぎているだけだ。 映写フィルムが映写機のレンズの前で止まれば動画面にならない。 映写フィルムが映写機のレンズの前を通り過ぎるから動画面になる。 垂直世界(実在世界)の虚時間(imaginary time)と水平世界(映像世界)の実時間(real time)の仮想交点こそが「現在(present)」という「現実(reality)」である。 「現実(reality)」とは常に通り過ぎている(流れている)実時間(real time)の「現在(present)」における映像に過ぎない。 |