第三十六章 生(有限)と死(無限)

時間が静止する(静止)=死
「『今、ここ』(now & here)=実在(substance)」である垂直世界の虚時間(imaginary time)は水平世界の実時間(real time)軸に沿って流れている。
時間が流れる(運動)=生、つまり、生きているということだ。
「過去(past)」・「現在(present)」・「未来(future)」という映像が実時間(real time)の流れの産物である所以だが、実在は虚時間(imaginary time)上で静止している。
「現実(reality)=現在(present)=映像(image)」である水平世界の実時間(real time)は垂直世界の虚時間(imaginary time)軸に沿って流れている。
時間が静止する(静止)=死、つまり、死ぬということだ。
「『今、ここ』(now & here)」という実在(substance)が虚時間(imaginary time)の流れの産物である所以だが、映像は実時間(real time)上で静止している。
従って、
虚時間(imaginary time)上で静止しているのが実在(substance)であり、「『今、ここ』(now & here)」の「『今』(now)」であり、生きているということだ。
生きているということは有限であり、有限である限りは「果て」があるということであり、その「果て」が、誕生・生・死の円回帰運動の死である。
従って、
実時間(real time)上で静止しているのが映像(image)であり、「『今、ここ』(now & here)」の「『ここ』( here)」であり、死ぬということだ。
死ぬということは無限であり、無限である限りは「果て」がないということであり、「果て」がないということが、死=誕生によって、誕生・生・死の無限の円回帰運動である。
生は有限だが、死(=誕生)は無限(永遠)である所以だ。