第三十七章 全体と部分

時間が流れる(運動)=生は有限だ。
時間が静止する(静止)=死は無限だ。
死が静止で、生が運動である。
死が実在で、生が映像である。
死が絶対で、生が相対である。
従って、
有限である生は、無限である死の一部である。
死が全体で、生が部分である。
従って、
静止宇宙が全体で、運動宇宙が部分である。
実在宇宙が全体で、映像宇宙が部分である。
絶対宇宙が全体で、相対宇宙が部分である。
『静止の暗闇と沈黙の宇宙』が全体で、『運動の光と音の宇宙』が部分である。
従って、
宇宙を貫く法則としての「全体と部分の相対性の法則」が成立する。
運動宇宙であり、相対宇宙であり、映像宇宙である『運動の光と音の宇宙』こそが、137億光年の拡がりを持つ我々の宇宙であり、静止宇宙であり、絶対宇宙であり、実在宇宙である『静止の暗闇と沈黙の宇宙』の部分である。
星雲宇宙は『運動の光と音の宇宙』の部分である。
恒星宇宙は星雲宇宙の部分である。
惑星宇宙は恒星宇宙の部分である。
衛星宇宙は惑星宇宙の部分である。
従って、
『運動の光と音の宇宙』にも、星雲宇宙にも、恒星宇宙にも、惑星宇宙にも、衛星宇宙にも、誕生・生・死という円回帰運動がある。
恒星にも一生があり、親(全体)である星雲宇宙のガス雲から恒星が誕生し、軽い星は膨張しながら白色矮星になり、重い星は赤色巨星から星の死である超新星爆発を起こし、中性子星やブラックホールになり、親である星雲宇宙に戻る(円回帰する)。
誕生とは親(全体)から離れて子供(部分)になることだ。
死とは子供(部分)から離れて親(全体)に戻ることだ。
生は「全体と部分の相対性の法則」によって、相転移現象を繰り返すことである。