第三十八章 不可能な考え方

死とは部分の死に外ならない。
全体には死などない。
我々の考え方はまったく正反対だ。
部分である自分を全体と思い込み、全体である地球を部分と思い込む。
宇宙に存在しているものはすべて、自分は部分であることを知っている。
地球上に存在しているものはすべて、自分は地球の部分であることを知っている。
地球は太陽の部分であることを知っている。
太陽は銀河星雲の部分であることを知っている。
銀河星雲は137億光年の拡がりを持つ『運動の光と音の宇宙』の部分であることを知っている。
137億光年の拡がりを持つ『運動の光と音の宇宙』は『静止の暗闇と沈黙の宇宙』の部分であることを知っている。
従って、
地球の子供である月と我々人間を含む地球上のものすべてとは兄弟(姉妹)である。
ところが、
我々人間だけが地球を親と思っていない。
人間である自分の父母を親と思っているからだ。
人間である父母と地球である親とはまったく違う次元だ。
人間である子供としての自分と父母は水平世界の関係である。
従って、
人間である子供としての自分と父母は実時間に基づく関係だ。
一方、
人間である子供としての自分と地球である親は垂直世界の関係である。
従って、
人間である子供としての自分と地球である親は虚時間に基づく関係だ。
人間である子供としての自分は二人の人間である父母によって生まれた。
二人の人間である父母は四人の人間である祖父母によって生まれた。
四人の人間である祖父母は八人の人間である曾祖父母によって生まれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
10代遡ったら210=1024人の人間の先祖がいる筈だ。
20代遡ったら220=1、048、576=104万(まん)8576人の人間の先祖がいる筈だ。
30代遡ったら230=1、073、741、824=10億(おく)7374万(万)1824人の人間の先祖がいる筈だ。
40代遡ったら240=1、099、511、627、776=1兆(ちょう)0995億(おく)1162万(まん)7776人の先祖がいる筈だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
100代遡ったら2100=1、267、650、600、228、238、993、037、566、410、752=126穣(じょう)7650杼(じょ)6002垓(がい)2823京(けい)8993兆(ちょう)0375億(おく)6641万(まん)0752人の先祖がいる筈だ。
日本の天皇家は125代を誇る万世一系の血筋だが、直系では76代だ。
従って、
76代遡ったら276=75、557、863、725、914、406、838、272=755垓(がい)5786京(けい)3725兆(ちょう)9144億(おく)0683万(まん)8272人の先祖がいる筈だ。
ところが、
地球上にいた人類の数は、29万年前で100万人であり、1万年前で500万人であり、紀元前4000年でようやく8700万人になり、紀元0年で3億人、紀元1500年で4億3000万人、人口の爆発的増加を果たした紀元2000年でも63億人である。
初代神武天皇が即位したおよそ2700年前当時では地球の総人口はせいぜい2億人程度である。
従って、
水平世界の人間としての子供と父母の関係ではあり得ない。
垂直世界の地球を親としての子供としてはじめてあり得る。
ところが、
我々人間だけが地球を親と思っていない。
人間である自分の父母を親と思っている。
あり得ないことをあり得ると思っているのは我々人間だけだ。