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第十章 ふたりの男 和田茂樹、二十九歳。仙台で生れ、東北大学卒業後、関西系総合商社加藤商事に入社した商社マンであるが、高度情報化時代に入って商社機能の存在価値がなくなり、危急存亡の業界の中で必死のサバイバルゲームの真只中にいる。 かつてはサラリーマンの花形的存在であった商社マンも、今ではただのブローカーの印象ばかりが強くなって、大学生からも敬遠される時代になっていた。 しかし、仙台で育った茂樹には、まだ総合商社の良いイメージが残っていて、東京で仕事をしたい想いも強く、加藤商事に入社した。 商社マンになって七年、やっと一人前の仕事が出来るようになった今、初めて商社が斜陽産業であることに気がつき、将来について考え始めていたのだ。 義侠心が強く、仙台にいる頃から、チンピラ相手によく喧嘩をしていた茂樹は、東京に住むようになってからも、会社の寮がある千葉の市川まで帰る電車の中で、酔っ払いやチンピラを相手にしていた。 以前、警察沙汰にまでなり、会社から厳重に注意をされたこともあったが、一度頭に血が昇ると自己制御出来なくなってしまう性格なのだ。 美沙子を救った時も、いつもの調子でチンピラに対する怒りでやっただけで、美沙子のように、茂樹に助けて貰った女性は他にも沢山いたから、美沙子のことも全く忘れていた。 「もしもし、加藤商事です」 女性が電話に出た。 「あの、神田と申しますが、和田さんいらっしゃるでしょうか?」 緊張しながら美沙子は、窓口の交替時間に自分の机から電話をした。 「はい、おりますが、どちらの神田様でしょうか?」 剣のある声で聞かれた美沙子は瞬間、電話に出た女性が自分のライバルになると直感した。 「あじさい銀行の神田と申します」 正直に答えた美沙子の心の中に、『加藤商事も一流企業だけれど、あじさい銀行も日本を代表する大銀行だわ』と電話に出た女性に対する対抗する気持ちがあったのだ。 「少々お待ちください」と言って電話を保留にもせずに、「和田さん!あじさい銀行の神田さんて方から電話よ!」またまた吐き捨てるような声で叫んだのを電話越しに聞いた美沙子も、『常識も知らない子ね。だから商社の女子社員はミーハーだと言われるのよ!』と心の中で吐き捨てていた。 「もしもし和田ですが」 茂樹が電話に出た途端に、美沙子の心理状態はかわいい女性に変わっていた。 「あの、この前のあじさい銀行の神田ですが」 いかにもおしとやかな声で美沙子は胸をどきどきさせながら言った。 「ああ、この前の神田美沙子さんですね」 明るい声で自分の名前まで憶えていてくれたことに感激しながら彼女は声を震わせ答えた。 「はい、そうです。お電話してご迷惑ではなかったでしょうか?」 信じられないくらい相手によって変わる自分のことにも気がつかずに、おどおどしている美沙子だった。 「もしもし、美奈子だけど!」 最初から喧嘩ごしの口調でしゃべる美奈子に、杉本の態度は変わっていた。 「体の具合はどう?昨日から随分心配していたんだ」 『今日こそ、決着をつけてやるから』内心強い決意で、電話をかけた美奈子だったが、杉本の予想もしなかった態度に拍子抜けして、しばらく次の言葉が出なかった。 「今日は出社するんだろう?それともまだ体調が良くないのかい?」 余りに親切な杉本の態度に美奈子も反応してしまった。 「ええ、体は大丈夫です。今から出社します」 殊勝な気持ちになって電話を切った美奈子は、『そんな優しい言葉なんかに騙されないわ』と思いながらも、杉本の優しい態度に感激もする自分に戸惑っていた。 |