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第十三章 二年ぶりのデート 銀行の窓口業務は、午前九時から午後三時までだが、従業員の勤務時間は午前八時から午後五時までで、他の企業よりもかなりハードな仕事である。 午後五時には、退行してもいいのだが、大概の行員は午後八時ぐらいまで行内にいることが多い。 しかも残業手当はつかないから、実質十二時間労働である。 バブル破裂以降、銀行が諸悪の根源だと決めつけられ、世間からの攻撃の標的にされ、その中で行員のサラリーが破格的に高いことが問題視されていた。 しかし、実質の就業時間を考えてみると、役人の二倍近く働いているし、仕事の中身の濃さで比較すれば、三倍から五倍のサラリーを貰ってもちょうど良いくらいハードであった。 役人の仕事ぶりは、高級官僚を別として一般の所員たちは、「乞食は一度やったら止められない」という諺があるが、まさに一度やったら止められない職業なのである。 民間企業に比べて、まさに「親方、日の丸」で、ただ時間潰しを毎日するのが仕事で、確かにサラリーは民間大企業に比べて低いが、退職金を含めての生涯サラリーで比較すれば、決してひけを取らないレベルになる。 「役人は一度やったら止められない」職業なのである。 そして、役所の頂点に立つ霞ヶ関は、日本という国の実質支配者であるから、目に見えない恩恵がいっぱいあり、天下りなどは、その一つである。 六十才を過ぎた高齢者の生活レベル、特に住居を調べてみたら、そのことが良く顕れている。 元役人たちの住居の方が、元民間企業人の住んでいるものより遥かに立派であることが判る。 この国の実態は、明らかに官僚支配の共産社会主義国家であり、かつてのソ連や中国のような共産主義国よりも、洗練された全体主義国家である。 それを国民が認識していない、実に愚かな大衆の国なのである。 役人、特に官僚たちは、国民の愚かさを知っているが故に、自分たち優秀な人材が、この国を支配することが、国民の幸せだと信じている節がある。 三権分立による議会制民主主義を標榜しているが、役人は、愚かな国民が選ぶ政治家などまったく阿呆扱いしているから、大臣や、首相だと言っても、実態は永田町が霞ヶ関に陳情に行く始末である実に難儀な国である。 日本の銀行のステータスがかくも高いものになった理由も、霞ヶ関のボスである大蔵省(今は財務省と金融庁に分れているが、実態は元大蔵省となんら変わっていない)とのパイプの太さが、その理由である。 日本の民間銀行の頭取の出身は、大蔵官僚が一番多いことが、それを如実に示している。要するに全国にある都市銀行から地方銀行まで、すべて大蔵省の出張所なのであり、地方税務所と両輪になって、この国を支配している構造なのだ。 まだ二年しか勤めていない美沙子でも、何となくそんな雰囲気が解りだしていたから、サラリーが異常に高くても当然だと思い込んでしまっていた。 八時ぐらいまで行内にいるのが常識になっていたが、美沙子は六時前になると、上司に退行する由を伝えた。 「神田君。どうかしたのか?」 五時が一応定時なのだが、まったくそんな認識を持っていない上司は心配そうに美沙子に聞いた。 「いいえ、ちょっと用事があるものですから、今日はこれで失礼します」 既に帰り支度をしていた美沙子は、飛びだすように銀行の裏口を走り抜けて行った。 ハチ公まで、歩いて一分だが、気持ちが焦っていた美沙子は、ハチ公の前に立っている茂樹の顔を見て、ほっとした。 美沙子にとって、社会人になって二年ぶりのデートだったから、不安で仕方なかったのだ。 |