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第十六章 電車の中での再会の約束 二人は、キッチンボンを出た。 「お互い、井の頭線に乗るので、渋谷まで歩きましょうか」 茂樹が、恵比寿駅と反対側の方へ向かいながら美沙子に話しかけた。 美沙子も、この辺りの地理はよく知っていたので、なぜ茂樹が駅と反対側に足を運ぶのかで、大体の予想はついていたから、茂樹の顔を見ながら頷いた。 山の手線のガードをくぐって目黒通りに出た二人は、しばらく無言で歩いていた。 青山通りが、国道246号線になる渋谷の交差点までやって来た二人が立ち止まると、茂樹が美沙子に言った。 「もう一度、お会い出来ませんか?」 しかし、美沙子は返事をしなかった。 返事しない美沙子の態度で、断られたと判断した茂樹は、それ以上は無理押ししなかった。 茂樹もプライドの強いタイプなので、一度断られたら、絶対に自分から誘うことはしないのだ。 美沙子は、断ったつもりではなかったが、やはり茂樹の生い立ちをキッチンボンで聞いてから、少し心に変化が出ていたのが、返事をしなかった理由だった。 『もう一度誘われたらOKしよう』 美沙子は、内心そう思っていたのに、その後、茂樹からまったく話しかけて来なくなったので、だんだん不安になり、自分の姑息さから出た事態に後悔していた。 井の頭線の渋谷駅のプラットホームまで、二人はまた無言で歩いた。 既に、吉祥寺行きの電車がプラットホームに入っていたので、二人は電車の中に入った。 電車は空席がいっぱいあったが、なぜか二人は座らずにドアの傍に、どちらからともなく立った。 『この人は、永福町で降りる』と思った美沙子は、電車が動き出すと、焦りの気持ちでいっぱいになり、ますます無口になるのだった。 無口でいる美沙子のことを誤解した茂樹も、敢えて自分から話しかけようとはしなかった。 「次の駅は永福町、永福町」 車掌の案内のスピーカが聞こえて、我慢し切れなくなった美沙子は、自分の方から、「わたしの家は、吉祥寺にあるんです。吉祥寺まで送って頂けませんか?」と口を開いた。 『もう今日限りだ』と思っていた茂樹だけに、美沙子の言葉に驚いて、一瞬返事もせずに黙って美沙子の顔を見ていた。 『なんてあつかましい女だと、思っているんだわ』 自分から、勇気を奮って言ったつもりだったが、驚いた表情をしている茂樹の顔を見て、頬が赤くなるぐらい恥ずかしい想いだった。 「ああ、喜んでお送りしますよ」 思いもしていなかった茂樹の返事に、ますます美沙子の顔は熱くなるのだった。 「あの、もう一度会って頂けませんか?」 美沙子はもうパニックになっていた。何を言っているのか、自分でもわからない。 「もちろん!僕の方からお願いしたのですから」 電車が永福町のプラットホームに着くと、「それでは、また電話いたします。今日は、本当はお礼に、わたしがご馳走しなければならないのに。さようなら!」 電車のドアが開くと、美沙子は、言わなければならないと思っていたことを、一気に言ったのだ。 「吉祥寺まで、送らなくていいのですか?」 ぽかんとして言う茂樹に、美沙子は真っ赤な顔をして、「すみません、わたし一体何を言ってるのかしら!」 と言って、手で顔を覆ってしまった。 やっと美沙子の真意が解った茂樹は笑いながら、初めて美沙子の肩に手を掛けて言った。 「ちゃんと、吉祥寺まで送りますよ!」 下を向いたまま、美沙子は頷いた。 |