第十七章  柴田美奈子

杉本耕作が経営するシステムライブラリーは、杉本が独協大学四年生になった時に設立し、今年で五年目を迎える。
設立当初は、大学の研究室の教授のバックアップもあって、順調に仕事を貰えていたが、その教授が退任した途端に、手の平を返すような態度になる取引先が多くなり、今は、ほとんどソフト開発を受託する仕事もなくなっている始末だった。
耕作は、兄の耕一が勤める加藤商事から、計算請負の仕事を細々としているのが実態で、借金が雪だるまのように増え、従業員の給料も払えない状態になっていた。
給料が払えなくなるような苦境に立った会社というのは、人間の嫌らしい面がはっきりと表れるものだ。
逆に、順調な会社では、みんな仮面を被っていて本性を出さないのが、人間の
常で、考えてみれば哀れな動物である。
人間の品格というのは、こういった時にはっきりと出る。
耕作は、他の従業員が逃げるように辞めていく中で、給料も貰っていないのに、殊勝に出社して来る美奈子を見直していたのだ。
確かに、男にだらしない面は否めな反面、律儀なところがあり、苦しい耕作の心の慰めになっていたのだ。
それが、美奈子に対する態度が変わった理由だろう。と美沙子は思っていた。
しかし、茂樹から杉本兄弟の話しを聞いて、何となく女の直感で、美沙子は、やはり耕作は悪人だと思っていた。
しかし、身勝手な美奈子に、これ以上関わりたくないという気持ちと、茂樹と耕作の兄の耕一が無二の親友だと聞いて余計、美奈子と耕作の間に入ることは危険だと思った。
柴田美奈子は、生粋の東京っ子で、渋谷の松涛にある大きな屋敷に住んでいる、いわゆるご令嬢であった。
兄と姉が一人づついる末娘で、父親・勇作は旧財閥系の大手化学会社の社長で、財閥グループのリーダーとして財界の著名人であった。
美沙子も、美奈子の実家のことは何も知らなかった。
美奈子から、杉本と結婚するから子供を産むと言われて、納得はしていなかったが、結婚するなら仕方ないと思っていた。
しかし、杉本耕作という男は、一筋縄ではいかない男だと、茂樹の話しで感じた美沙子は、美奈子に注意をするべきか迷った。
そこへ、美奈子から美沙子の銀行に電話が掛かってきた。
「美沙ちゃん、わたし。昨日、杉本さんと話しをして結婚することにしたの」
「そう、それは良かったわね」
美沙子は、それだけしか言えなかった。
「それで、お願いがあるんだけど」
美奈子が言った時、一瞬構えた美沙子は、深呼吸をしてから言った。
「何?わたしにお願いって」
「わたしが妊娠していること、両親に言わないと結婚を許してくれないと思うの。それで大学時代から杉本君のことを知っている美沙ちゃんに、家の両親に話しをして貰えないかしら」
『それぐらいのことなら』と思った美沙子は、美奈子の依頼を心よく受けた。
そして、松涛の美奈子の家の前に立った時、一瞬嫌な予感がした。
『杉本耕作という男は、やはり根からのワルだわ』
横で嬉しそうに笑っている美奈子の顔を見ながら、美沙子は思った。