第十八章  保身の裏切り

美奈子の父親・勇作が率いている明治財閥グループは、明治維新に協力した岡崎弥助が興した企業グループで、岡崎家が没した後、宗家と柴田家といういわゆる岡崎家の番頭が、集団で多くのグループ企業を束ねてきた。
岡崎家亡き後のグループは戦後の財閥解体後、柴田家が中心になって再編成が成され、今では我が国最大の財閥である。
そのリーダーが美奈子の父親、柴田勇作である。
美沙子は、美奈子の父親がそんな偉い人物とは露知らず、美奈子の依頼を安受け合いしたのだ。
しかし、他を圧倒するような豪邸の前に立って、不安がよぎってきた。
しかも、杉本耕作の魂胆が、美奈子の家の資産目当てにまず間違いないと確信を持っただけに余計、美奈子が期待するような話しを彼女の両親にできる自信を失くしていたのである。
応接間に通された美沙子は緊張の余り、口元が震えているのが自分でもわかっていた。
「どうもお待たせしました。美奈子の父です。いつも娘がご迷惑を掛けているのではないでしょうか。先日急に美奈子が結婚したいと言い出しまして、相手の方もわからないで承知するわけにもいかないので、お友達の神田美沙子さんに相手の方の人となりを聞かせて頂こうということになった次第で、あなたにとっては迷惑千万だとは思いますが、よろしいでしょうか?」
隙のない言葉使いは、有数の都市銀行の一つである美沙子のあずさ銀行でも、ちょっと見かけない人物で、相当大物だと思った。
「いいえ、とんでもないです。わたしでお話出来ることなら、何なりと質問して頂ければお答えいたします」
精一杯答えた美沙子に、思わぬ質問が美奈子の母親の幸子から飛んで来た。
「わたくしが、美奈子の母の柴田幸子と申します。わざわざ来て頂いて申し訳ございません。神田美佐子さんとおっしゃいましたわね?お父さまは明治グループの明治機械の神田敏茂さまでございましょう?」
美沙子は父親のことまで調べられていたことを知って余計緊張した。
「はい、そうです」
それだけしか答えられないでいる美沙子に、柴田勇作が追い討ちをかけるように言った。
「明治機械は明治グループの一つで、わたしが社長をしています明治化学も同じグループです。あなたが勤めておられるあじさい銀行も明治グループの一つです。何か縁がありそうですね」
美沙子にとっては、とんでもないことになりかねない事態になったと思った。
「美沙ちゃん、二人に、杉本君のこと話してちょうだい」
美沙子が上手く話してくれるものだと、信じ切っている美奈子の顔を見ると、どうしていいのかわからなくなるのだった。
黙っている美沙子に、柴田勇作が、「どんな些細なことでもいいですから、その杉本耕作さんのことをご存知でしたら、お話してください」とプレッシャーを掛けてきた。
もうこれ以上黙っているわけにはいかないと思った美沙子は、茂樹から聞いた杉本兄弟のこと、杉本耕作が経営しているシステムライブラリーの状況など、知っている限りのことを全部話した。
横で聞いてきた美奈子の表情がみるみる内にこわばっていくのを美沙子は見ることが出来なかった。
「神田美沙子さん。とても参考になる、いいお話でした。あなたの正直な心に感謝いたします。ありがとうございました」
柴田勇作は深々と美沙子に頭を下げて礼をした。
横にいる母親の幸子も一緒に礼をした。
美奈子だけは、怒りに満ちた表情で美沙子を睨みつけていた。
美奈子の両親は門前まで丁重に見送ってくれたが、美奈子は応接間から飛び出して行ったまま、とうとう顔を見せなかった。
『本当のことを言っただけだわ。もし嘘を言っていたら、父にも、わたしにも、どんな火の粉が掛かってくるかもしれないようなことできないわ』
そう思った美沙子の胸の内を柴田勇作に見抜かれているような気がした美沙子は、早々に退散した。