第二十二章  美奈子・行方不明

二人と、井の頭線の吉祥寺で別れた美沙子が家に帰ると、母親の美子が青い顔をして玄関まで出てきて美沙子に告げた。
「美沙ちゃん、柴田さんの奥様から電話があって、美奈子さんが二日も家に帰っていないらしく、警察に捜査願いを出すかどうかで大変な騒ぎになっているみたい。あなた、美奈子さんの行方、思い当たる節ないの?」
耕一から聞いた話しを言っていいものか迷った美沙子は、「いえ、全然見当つかないの」と取り合えず、お茶を濁しておいた。
「とにかく、お電話をしてあげたら」
美子から言われて、美沙子は着替えもせずに、玄関の廊下にある電話のダイヤルを押した。
「もしもし、神田ですが、柴田さんのお宅でしょうか」
美沙子だとすぐにわかった、美奈子の母親の幸子が出て叫ぶような口調で喋った。
「美沙子さん?美奈子の母です。美奈子が昨夜も帰ってこないのよ。何か心当たり、ないかしら。もうわたしも主人も心配で」
『実の親の気持ちになったら大変なはずだ』と思った美沙子は、茂樹と杉本耕作の兄の耕一と会って話し合ったことを報告したが、さすがに売り飛ばされたかもしれないとは言えなかった。
「その夜逃げした男と、逃避行の旅でもしたのでは」
「それは無いと思います。お兄さんの耕一さんの話しでは耕作さんは一人で仙台の実家に逃げ帰った可能性が一番強いと言っておられました」
美沙子の話しでますます不安になった柴田幸子の声は震えていた。
「もしもし、美奈子の父の柴田勇作です。美沙子さん、あなたの知っていることは、どんなことでも教えて頂けないでしょうか。嫌な話しでも構いませんから」
傍で聞いていた美奈子の父の勇作が、抑え切れずに電話を代わった。
ある程度覚悟している感じがしたので、美沙子は耕一から聞いた話しをした。
「わかりました。その杉本耕一さんの電話番号をご存知ですか?」
キッチンボンで貰った名刺に会社の寮の電話番号を書いてもらっていた。
茂樹と耕一は、加藤商事の永福町の独身寮に住んでいたからだ。
「あの、わたしから、お宅へ電話をして頂くように杉本耕一さんに言いますので、ちょっとお待ち頂けますでしょうか?」
さすが、財界の重鎮だけに動揺しない。
「わかりました。それでは電話をお待ちしておりますので、よろしくお願いします」
受話器を下ろした、美沙子は名刺を見ながらダイヤルを押した。
「すみません。神田と申しますが和田茂樹さんをお願いしたいのですが」
電話に出た寮監が茂樹の部屋に繋いでくれた。
「もしもし、和田ですが。どうしたのですか?」
茂樹は驚いた様子だったが、事の仔細を聞いて、「わかりました。杉本から、その柴田勇作さんの家にすぐに電話をするように言います。ところで柴田勇作さんと言う方は、明治化学の社長で、明治財閥の重鎮のあの柴田さんでは?」
さすが、商社マンだけに財界のことは良く知っている。
電話を切った美沙子は、取り合えずシャワーを浴びて気持ちを落ち着かせることにして、茂樹の電話を待つことにした。
三十分後に、茂樹から電話が掛かってきた。
どうやら横に耕一もいるらしい。
「美沙子さん。杉本が柴田勇作さんに電話をしました。彼の話しでは、警視庁に捜索願いを出すそうです。耕一の話しでは、こんな事件は毎日起こっているので、警察もまともに捜索をしてくれないと柴田さんに説明したんですが、さすがに明治財閥の大物だけに、コネを使って警視庁を動かすようです」
大きな事件になりそうなことは美沙子でもわかった。
『それよりも、まさか美奈ちゃん、もう・・・』と思うと、その夜眠ることが出来なかった。