第二十三章  仙台へ

警察と反社会勢力つまり広域暴力団との関係は複雑である。
刑事四課が対暴力団担当課で、暴力団撲滅運動を強力に推進しているが、だからと言って警察関係すべてが一枚岩になって暴力団に対峙しているわけではない。
特に、警察官僚のようなエリートになると水面下では彼等と手を組んでいる者が多い。
警察官僚のエリート達は、まさに崩壊したソ連時代のKGBと同じ体質である。
この国が、洗練された社会主義専制国家であることは、社会の治安維持を司る公安や警察という国家権力が秘密警察という性格を、戦前から現在に至るまで依然潜めていることが証明している。
かつてのソ連で、KGB議長であったアンドロポフが、その情報組織を駆使して、絶対支配者であったブレジネフ書記長を脅し続け、ブレジネフの死後まんまと書記長の座を奪い取ったのが、社会主義専制国家の裏の体質であることを如実に表している。
FBIを設立したフーバーが、やはり大統領や閣僚のスキャンダル情報を駆使して、実質のアメリカ支配者として君臨していた。
結局のところ、人間社会においては、専制主義国家であっても、民主主義国家であっても、権力の存在するところには、権力維持の為に必ず秘密警察的情報組織が生まれる。
そして時間と共に権力組織は、腐敗、頽廃して行き、権力者を護るはずの親衛隊的存在だった秘密警察が、その情報を利用して権力者の地位を引きずり下ろすのが常であったことは、歴史が物語っている。
この日本の国を、実質支配している構造も表と裏があり、表は大蔵官僚を頂点とした霞ヶ関であり、裏は霞ヶ関の情報組織つまり警察庁や公安が反社会勢力と手を組み、反社会勢力に幅を利かせている警察官僚出身の政治家や、反社会勢力をバックにのし上がってきた叩き上げ政治家が支配しているのである。
総理大臣など何の実権も持っていない国家である。
世界から見ても、これほど総理大臣がめまぐるしく替わる国も珍しいが、実権を持っていないことの証明でもある。
そんな表の支配者でも、裏の支配者でもない、政治家たちを選んでいるのが、我が国民なのである。
実質の支配者たちは、自分たちが国民の一票により付託されているという想いなど微塵たりとも持っていない。
新しい総理大臣が誕生する度に、飽きた前総理大臣に対する反動で支持率が急激に上がり、空しい期待感を国民にしばらく持たせておいて、その間に表と裏の支配者たちは、新しいお飾りの総理大臣の躾をし、彼等の思う通りに動く操り人形に仕立て上げてゆくのである。
社会民主主義国家体制が、資本主義民主主義体制に敗北したと歴史は語っているが、実は民主主義を標榜している点では同質であって、表と裏の支配構造があり、操り人形がその指示の下で動かされる。
民主主義の底に潜んでいる、恐るべき本質である。
民主主義が、「羊の皮を被った狼」であるなら、独裁者専制主義は、「狼の皮を被った羊」であるとあながち言えないこともない。
自然の動物社会が、絶対的ボスを認めた社会になっているのが、自然の摂理なのであろう。
何事にも、良い面と悪い面は必ずある。その中で絶対的ボスが支配する社会が結局一番良いと自然は教えているのである。
二十一世紀には、民主主義が消滅してしまうことは間違いないだろう。問題はその後にどんな社会が生まれるかによって、人類の運命は決定するだろう。
柴田勇作は、政治家にも官僚にも太いパイプを持っている。
そして結局、耕作と美奈子の行方をいち早く察知したのは、警察の依頼を受けた反社会勢力だったのだ。
柴田勇作は、その筋を使って娘の美奈子だけを安全な状態に置こうとした。
しかし、杉本耕一もその筋とのパイプを持っていて、下っ端である連中にまで洩れてきた情報から、二人が仙台に潜んでいることを知った。
「いくら、骨肉の醜い関係であっても、弟であることには変わりない。それを反社会勢力を使って、耕作だけを見殺しにするやり方は許せない!」
耕一は憤慨して、茂樹に、仙台に行くと言った。
『一体、これからどうなっていくのだろうか』
茂樹と耕一と一緒に仙台に向かう東北新幹線の中で、美沙子は思うのであった。