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第三十四章 心の鳥肌 茂樹の家に戻ると、美沙子と美奈子が待っていた。 母親の保子と三人でリビングルームに居たが、美奈子と保子が親しそうに話に興じている、その横で美沙子は黙ってソファーに座っていた。 茂樹と耕一がリビングルームのドアを開けると、美沙子はまるで、独りぼっちにされていた子犬が母親を見つけた時のような、嬉しさと悲しさを同居させたような表情で二人に向かって笑った。 「ああ、お帰りなさい!」 しかし、最初に明るく迎えの言葉を発したのは美奈子の方で、しかも明らかに耕一の方に向かってだった。 「お帰り。美奈子さんから事情を聞いたけど、大変だったようね」 保子が茂樹に向かって、いたわりの表情で言うと、「いえ、何とか決着をつけましたが、耕作は今どこにいるでしょうか?」 耕一が質問をすると、「お父さんと一緒に、あの男を病院に連れて行かれました」 美奈子が答えた。 「結局、決着は借りた耕作君と貸したサラ金業者との間で解決することで、相手も納得しました。だから美奈子さんは、早く東京に帰られた方が、ご両親も心配されているでしょうから、いいと思いますよ」 茂樹が説明すると、美奈子の表情が急に変わった。そして、「それでは、耕作さんの借金は棒引きにならなかったのですか?」と耕一に聞いてきた。 「いくら相手がサラ金業者だと言っても、お金を借りたのは事実なんだから、返すのは当然で、もし返すことが出来ないなら、自己破産するしかないでしょう。それとも体を売ってお金にするかどちらかしかないでしょう」 弟のことでありながら、他人事のように話す耕一に対して憎しみの表情に変わっていく美奈子を見て、茂樹は愕然とした。 『さっきまで、感謝の表情をしていたのに、今はまるで逆だ。なんでこうなるんだ』 だんだん怒りの感情が湧いてくる茂樹だったが、耕一が静かな口調で美奈子に向かって言った。 「美奈子さん、もしあそこで僕たち二人が現れなかったら、あなたのお父さんは、大変な事態に巻き込まれていたんですよ。それだけでも喜ばなければいけないんじゃないですか?」 しかし、美奈子には耕一の言っていることが理解出来なかったというより、受け入れることが出来なかったと言った方がいいだろう。 「だって耕作さんは、あなたの弟さんでしょう?弟さんが自己破産したり、体を売るようなことを、喜んでおられるのですか?それはあまりじゃないでしょうか」 泣いて訴える美奈子に、美沙子も同情する気持ちでいたが黙っていた。 『腹違いの兄弟とは言え、実の弟なのに、この人は内心憎んでいるんだわ』 美沙子は内心そう思いながらも、自分に火の粉が掛かってきたら困ると思った。 そこへ茂樹から美沙子に質問が飛んで来た。 「美沙子さん。あなたはどう思われますか?」 ドキッとした美沙子は、『この人は、一体なんでこんなことをわたしに振ってくるのかしら』 茂樹に対する強烈なネガティブな感情が湧いた。 「わたしに言われても、何て答えていいのかわかりません。しかし、美奈ちゃんの気持ちの方が自然なものだと思います」 「美沙ちゃん、ありがとう」 泣きながら、美沙子の手を握ってきた美奈子に対して、『あれだけ、家に行って両親に説明した時、わたしを睨みつけていたのに、この子もこの子だわ!』 複雑な気持ちになった美沙子だったが、男女経験の浅さが、致命的な発言を自分がしていることに、その時は気づかなかった。 茂樹と耕一は、お互い顔を合わせて、あきれかえっていた。 「まあ、男と女ではものの捉え方が違うんだから仕方ないんじゃない」 間に入った保子が言った。 「今晩は、もう遅いからホテルに帰ったらどうかしら?」 冷静な口調で話す保子だったが、明らかに現代女性の身勝手さに失望している様子が茂樹にはわかった。 「杉本。お互い仕事のある身だから、明日の朝に東京に戻ろう。俺はここから明朝仙台駅に行くよ。仙台駅のプラットホームで八時に会おう。お二人をよろしく頼むよ」 茂樹の気持ちが痛いほどわかっている耕一だったので、何も言わずに頷いた。 挨拶もしないで、ただお互い無言のまま別れた。 何とも言えない不快感に襲われた茂樹と耕一の気持ちを推し量ることの出来ない美沙子と美奈子も黙って挨拶するだけだった。 『もうこんなことは御免蒙りたい』 ホテルまで一緒に歩いた耕一の心の中に鳥肌が立っていた。 『女は体に鳥肌をたてるようだが、男は心に鳥肌を立てるんだ』 耕一は吐き捨てるように心の中で言った。 |