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第三十六章 女の友情 新幹線の中でほとんどお互いに言葉を交わすことなく仙台から東京に帰って来た四人は、東京駅で別れた。 茂樹と耕一は会社に直接行くと言って、二人で山の手線に乗って渋谷に向かった。 美沙子の勤めているあじさい銀行も渋谷にあるのだが、二人は敢えて美沙子を誘わなかった。 『同じ渋谷なのだから、どうして一緒に行こうと言ってくれないのだろう』 美沙子は二人の気持ちを推し量りかねていた。 『女は体に鳥肌をたてるようだが、男は心に鳥肌を立てるんだ』 茂樹と耕一が仙台での出来事で、ネガティブな印象を女性に対して持ったことを、察することが出来なかったのだ。 何か、お互い気まずい状態になっていたことは薄々感じてはいたが、それが女性に対する根本的な不信感にまで及んでいたとは思ってもおらず、ちょっとした喧嘩の後の状態のように思っていた。 女と言うのは、男との間でのネガティブな出来事を執念深く記憶に留めている生き物であるにも拘らず、自分のやったことはばれることさえなければ罪意識もなく平然と生きていけるらしい。 男文化の人間社会が、そういう女性像をつくってしまったのかもしれない。 男は結構、自分の過去の傷を堂々と告白するが、女はそういうことは一切なかったかの如く振舞い、それを棺おけに入るまで胸にしまい込んで行けるのだ。 最近の女性優位の傾向で、従来では考えられなかった女性の浮気が激増している。 『浮気なら許すが本気は許さない』 女房が旦那に対して吐く有名な台詞だが、今の女房連中は、それを自分自身に当てはめて忠実に実践しているように思える。 ばれたら大変なことになるようなことでも、同性同士では平気で告白するのは男にもあるが、女性同士でもあるようで、しかも生々しい性描写まで話すらしい。 男性同士では、そういった生々しいことまで話はしない。それはメンタルな面を大事にする故のロマンティックさを男は持っているからだが、女性は性に対する欲望の強さ故か、女同士で生々しく話す点において、男よりも遥かに動物的であるのだろう。 『浮気なら許すが本気は許さない』 この言葉は、自分に言い聞かせているのだろうか。 「男はロマンティスト、女はリアリスト」はまさに至言である。 そんな男女の織り成す人間模様の矛盾は、繊細さを持つ青年には耐えられないことなのだろう。 それが現代青年の弱体化の原因であるかもしれない。 女性の男性化ではなく、男女の本来具えている本質が、そのまま顕れたのが現代世相であるのだろう。 「美沙ちゃんは、今日はお勤めに行くの?」 美奈子が聞いた。 そのつもりの美沙子だったが、二人の男性から拒絶反応を示されて複雑な気持ちになっていたので、美奈子に付き合ってやろうと気持ちを切り替えた。 「美奈ちゃんは、このまままっすぐ松涛のお家に帰るの?」 本当は心配している両親の為には、そうすべきだと思った美奈子だが、気持ちがもやもやしていたから、すぐに帰る気分にはなれなかったのだ。 「何かおいしいものでも食べに行こう!」美沙子は言うと、美奈子も嬉しそうに、「うん」と言った。 二人の間に、今までになかった感情が生まれた瞬間だった。 |