第四十章  地獄のはじまり

茂樹から事情を聞いた、美沙子は仰天した。
「だって、仙台で、美奈ちゃんには影響を及ばさないことで、相手も了解したんじゃないですか?」
「杉本耕一を怖れて、一旦引き下がった彼らは、杉本耕作を締め上げたんでしょう。そうしたら、既に美奈子さんが、お父さんの名義で保証人になっている書類にサインと印鑑を押していたらしく、その書類を耕作が彼らに渡したらしいんです。美奈子さんから、そんな話を聞いてませんか?」
茂樹の話を聞いた美沙子は、『また、あの子の悪い癖がでたわ』と思った。
「多分、本人は忘れて、もう仙台ですべて片づいたと思っていますわ」
「だけど、今日の話では、もうこちらの取りたて屋が、美奈子さんの家に乗り込んでいるはずですよ」
頭をかしげて言う茂樹に、美沙子は言った。
「だけど、仙台から東京に着いた後、彼女と銀座で食事をして別れたんですが、そのまま松涛の家に帰ると言っていましたから、・・・」
二人とも、さっぱりわからない様子だったが、ふと茂樹が一案を思いついた。
「美奈子さんの携帯電話番号を知っていますか?」
「ええ、知っていますが。ああ、すみません、こんな処でお留めして。どうぞ中に入ってください」
美沙子は、ドアを開けるなり、茂樹に抱かれたので、動転してしまっていた。
やっと平静を取り戻して、茂樹を家の中に招いたが、事態が事態だけに、茂樹は家の中に入ることを固辞して、「すみませんが、ここで待っていますから、携帯電話を・・・・」と言って、内ポケットから自分の携帯電話を出した。
美奈子の携帯電話の番号を暗記していた美沙子は、茂樹に教えた。
美沙子から聞いた番号を押して、美沙子に渡して言った。
「今どこにいるか聞いてください」
呼び出しはしているのだが、なかなか出ないのでいらいらしている美沙子を見ていた茂樹の顔色が変わっていった。
「もしもし」
いかにも寝ていたのが、すぐわかるような声の美奈子が出た。
「美奈ちゃん!美沙子よ、今どこにいるの?」
茂樹は、体を乗り出して美奈子の声を聞こうとした。
「家の自分の部屋よ。どうかしたの?」
「ちょっと待ってね」と美沙子が言って、茂樹にそのことを伝えた。
ますます、理由(わけ)がわからなくなった茂樹は、必死に考えた。
「家には、彼女だけか聞いてください」
美奈子に聞くと、「そういえば、門の前に車が二台止まっていたわ。それから、応接間から大きな聞いたことのない声が聞こえていたみたい」
美沙子の顔に、自分の顔を引っ付けるようにして聞いていた茂樹だったが、今はそんなことを意識している余裕が二人にはなかった。
『やっぱり、取りたて屋が来ているんだ』と確信した茂樹は、電話を美沙子から受け、「美奈子さん!和田です。いいですか、今から言うことよく聞いてください。部屋から絶対に出ないで、下の様子を伺っていてください。その間に、僕が行きますから。もし下で何かあったら、僕の携帯電話に電話してください」
そう言って、自分の電話番号を教えた。
「美沙子さんは、家にいてください」
と言って、茂樹は道路に飛びだしてタクシーを探しに出た。
茂樹の後姿を見ながら、美奈子に対して嫉妬心が燃える自分の心に戸惑う美沙子だった。
道路に飛びだした茂樹は、さっきのタクシーが止まっているのを見つけた。
中から例の運転手が、「また、タクシーが必要になるだろうと思って待ってやっていたのさ」と言ってニタッと笑った。
茂樹も、その老運転手に笑い返して、「松涛に行ってください」と言った。
「あいよ」と言って、嬉しそうにその運転手は答えた。
ドアを閉めて、車が動き出した途端に、美奈子から電話がかかってきた。
「もしもし、下で何か起こっているみたいです」
「そのまま、部屋にいてください!」
茂樹の顔色が青くなっていくのを察知した運転手はアクセルを強く踏んだ。