第四十二章  監禁リンチ

柴田勇作と妻の幸子は、渋谷の駅前にあるサラ金業者の取り立て屋から、杉本耕作が借用した二億円の返済を保証する書類に自分がなっていることを知らされて、最初は愕然としたが、さすが日本最大の明治財閥グループの総帥である勇作は、毅然とした態度で拒否をした。
「自分にとってはまったく身に憶えのないこと。確かに書類には自分の名前・住所で捺印しているが、それなら裁判で戦うしかない。従って、正式にそちらの方から訴えて頂ければ結構。公の場で話しましょう。その上で裁判所が、わたしに二億円を払うようにと裁決したら、お支払い致しましょう」
取立て屋は、法に触れないように上手く話をしているつもりだが、所詮、頭の悪い暴力団だ。
彼らの論理は、「怖がらせて、いくら」の、結局は金目当ての世界であるから、相手が怖がらなければ、商売にならない。
「言うことを聞かなければ、怪我をするぞ」と言葉にすれば、現在の暴対法では、即お縄頂戴になるし、もし本当に、堅気の人間に暴力を振るったら、警察は、待ってましたとばかりに暴力団壊滅作戦を実行する。
だから、金目当ての商売をしている彼らにとって、そういう事態になることは間尺に合わないから、余ほど、自分たちの足下に火がつかない限り、堅気に手を出すことはしない。
しかし、柴田家にやって来た取りたて屋のリーダーは頭の切れる男だった。
「腕力と知力があれば、鬼に金棒」が、動物の世界の鉄則である。
彼らの世界も、昔は度胸だけで生きて来れたが、今は知力がなければ、ただの使い道の無い鉄砲玉である。
怖がらせて、支払い同意書にサインをさせようとしたが、頑として同意しない勇作に、これ以上脅しても仕方ないと判断すると、下っ端の者たちに合図をして、二人を無理やり車の中に押し込んだ。
「怪我をさせるな!」
リーダーの男は、下っ端の連中に怒鳴るように言って、勇作・幸子を車で連れ去ったのだ。
頬かぶりをされた二人が、連れて来られたのは、薄暗い窓の無い部屋だった。
「柴田さん、あんたはさすが財閥のボスだけに度胸が座っているが、これから起こることに耐えることが出来るかね。特に、このご夫人は」
と言って幸子の方を向いた。
幸子は、その言葉だけで、体を震わせていた。
「暴力を振るったら、君たちの方が、どんな事態になるか解っているだろう」
勇作は、振り絞るような声で言ったが、そのリーダーの男はニヤッと笑っていた。
「我々は暴力団じゃないんだ。まっとうな稼業をしているから、そんな野蛮なことはしないさ。だが、あんた達は一週間飲まず食わずの上に一睡も出来なければ、どうなると思うかね。俺たちに、監禁リンチをされて、一人だけ最後まで言うことを聞かなかった奴がいた。奴は最後は口から涎を垂らせて気がふれていたよ」
このやり方は、昔から借金取りたてをやってきた連中の手口なのだ。
部屋に閉じ込めて、一切体には触れずに赤々と電灯を顔に照りつけ、眠りそうになると、水を浴びせて、眠れないようにする。これを24時間毎日続けるのだ。
暴力を振るうよりも、余ほど、こちらの方が堪える。
リーダーの男は一か八かの賭けに出たのだ。
勇作と幸子が耐え抜くことが出来たら、彼らの負けである。
「いざとなれば、二人を殺らせばいい」と高を括っていたリーダーの男は、美奈子が家で目撃していたことを知らなかった。
「さあ、これから地獄の苦しみが始まるよ」
ニヤッと笑って、その男は、他の連中に合図をした。