第四十四章  Live and let die

耕一は事務所の前からタクシーを拾った。
渋谷から松涛は目と鼻の先だ。
松涛から浅草に向かった茂樹と、渋谷から浅草に向かった耕一が、言問橋の八代マンションで鉢合わせするのは間違いない。
問題はどちらが先に着くかだ。
化け物が先に着いたら、八代マンション710号室は地獄と化す。
耕一が、茂樹の携帯電話に盗聴の仕掛けをしたのは、徳大寺辰子を最初から怪しいと睨んでいたからだ。
茂樹と辰子の仲から考えて、辰子は、自分の本性をいつかは茂樹だけには見せるだろうと読んでいた。
そして茂樹の携帯電話に盗聴の仕掛けをしておいたのだ。
二人の絆に亀裂が入ったのではなく、茂樹の性格が、正義感と共に情に脆いことも、耕一は知っていたから、いつかは鬼になる時が来ると覚悟して、満を持していただけのことである。
茂樹の身を案じた耕一だったが、頑迷な一面も持っているだけに、今までは放っておいたのだが、もうそんなことは言っておれない事態になった。
それと、腹違いとは言え、実の弟であることには違いない耕作が、ここまで卑劣な男であったことに対する怒りと失望感が、普段は実直な商社マンを化け物に変えてしまった。
タクシーの中で、既に獣に変身していた耕一は、しきりに呟くのだった。
『Live and let die! Live and let die!』
変な客だと思ったタクシーの運転手は、「お客さん、何かおっしゃいましたか?」
とバックミラー越しに声をかけてみた。
「『死ぬのは奴らだ』と言ったんだ!じゃらじゃら言わずに急げ!」
雄叫びのような声を発した耕一の顔をバックミラーで見た運転手は思わず、恐ろしさで目をつぶってしまった。